第139話 アイデンティティの崩壊

 周囲からの視線が私とマサキさんに集中する中、私はマサキさんの肩に触れてプロパティを使った。


「…………」


 期待のこもった視線が辛すぎるッ!! アージェさんなんか目が若干潤んでるし!!


「なにが起こるのか楽しみだぜぇ! まっ! 加護の話が本当のことだったらだけどなぁ〜?」


「うぎぎっ……。 ふんっ! そういう態度でいられるのも今のうちなの!」


「はぁー。ウィル。本当にあんたは……。でもそうね。私も加護の力を見れるのは凄く楽しみだわ」


 ごめんなさい。もう天職戻し終っちゃってるんですけど……。


 うーっ! やっぱり適当に小さい物を創造して、ちょっとした演出をくわえるべきだったかなぁ? ……よし! そうしよう! そうと決まればもう一度マサキさんの天職を遊者に戻して──。

 

「……チカさん。もしかして何か余計なことしようとしてません?」


(あれ? なんでバレた?)


 私が首を傾げて黙っていると、マサキさんがジト目で目の前を指差した。


 あぁー。なるほど。ステータス画面をすでに出してましたか……。


「いやぁー。あはは……。なんかほら。期待されてるみたいだし? ちょっとカッコよく演出した方がいいのかなーって」


「やめてくださいよッ!! まだダンジョンの中なんですからね!?」


「あはは……」


 そんなに怒らなくてもいいのに。



「えーッ!? もう終わちゃったんですかぁ〜!?」


 私とマサキさんの会話を聞いて、他の人達もマサキさんの天職が勇者に戻っていることに気づいたみたい。


「何をやったのかまったく分からなかったですぅ……」


 イザベラさんは残念そうな顔でそう言うと、マサキさんに向かってプロパティの魔法を唱えた。


「わわっ! マサキの天職がホントに勇者に戻ってますぅ〜!」


 他の人達もプロパティを唱えてマサキさんを確認していく。


「まさか本当に天職を変えることができるなんて……」


「ビックリだぜぇ……」


 マサキさんを見つめながら驚愕の表情を浮かべるセレンさんと妖精のウィル君。そんなふたりの様子を見つめながらシィーはニンマリした顔で胸を張った。


「ふふーん! だから言ったの! 私の契約者は凄いって!!」


「ふ、ふん! すげぇーけどなんだかパッとしない力だぜぇ。セレンの方が派手でカッコいいんだぜぇ!」


「あぁんッ!?」


 シィーの自慢げな口調が癪に障ったのか、そっぽを向いて憎まれ口を叩くウィル君。


 はぁー。また喧嘩してるよこのふたり。シィーも相手にしなきゃいいのに。あっ。ウィル君がシィーに叩かれた。


「チカさん。ウィルが失礼なことを言ってごめんなさい」


「あっ、ううん。気にしないでセレンさん。こちらこそシィーが手出しちゃってごめんね?」


「いえ。……どうやらお互い様のようなので気にしないでください」


 シィーとウィル君がいる方向を見て苦笑いを浮かべるセレンさん。ふたりがいる方へ視線を向けると……。

 

「うにぃにぃにッ! チカのが凄いぃのぉぉぉぉ!」


「うぎぃぎぃぎッ! セレンのが凄えぇんだぁぁぁぁ!」


 シィーとウィル君がお互いの頬っぺたを両手で引っ張り合っていた


 まるで子供同士の喧嘩みたい。まったく。何やってんだかこのふたり……。


「「はぁ……」」



 チカとセレンは呆れた様子でほぼ同時に大きな溜息をつくと、お互い溜息のタイミングが合ったことが意外だったのか、ふたりは顔を見合わせてクスりと笑みを溢した。



 ◆◇◆◇



「あ、あの。チカさんっ!! 今少しだけお時間よろしいでしょうか?」


 シィーとウィル君の喧嘩も落ち着いて、マリーちゃんが持参してきた食事をマサキさん達に振る舞い始めた頃。


 アージェさんがやけに改まった態度で私に声をかけてきた。


「う、うん。大丈夫だけど。どうしたの?」


「そ、その……。実はチカさんにひとつだけどうしてもお願いしたことがありまして」


「お願いしたいこと?」

 

「はい。分不相応なのは理解してるのですが。その……。チカさんにしかできないことなので……」


 少し言いづらそうに口籠もりながら、なぜかマサキさんの方へチラチラと視線を送るアージェさん。


 いつもハキハキしてるアージェさんにしては珍しい反応だ。まぁ、でもちょうどよかったかも。


「いいよ? 協力してくれたマロンさんとアージェさんには帰ったら何かお礼をしなきゃなぁーとは思ってたし。私に何をしてほしいの?」


「……私の天職も『勇者』に変えてもらえないでしょうか?」


「えっ? 勇者に?」


「やっぱり私なんかじゃダメでしょうか……」


「いや? 別にいいんじゃない? アージェさんが天職を悪用するとも思えないし」


「チカさん……ッ!!」


 私の言葉を聞いて、不安そうにしていたアージェさんの表情がパァッと明るくなり、満面の笑みに変わった。


「あれ? でも勇者にできるのかな? 勇者って世界にひとりだけってイメージがあるんだけど……」


「うっ……! やはりそういうものなのでしょうか……?」


「んー。どうなんだろ? ちょっと試してみていい?」


「は、はいっ!! もちろんです! よろしくお願いします!」


 おぉぅ……。そんな頭まで下げる必要ないのに……。



 私はアージェさんの肩に触れてプロパティを使った。天職の欄には『剣士』と表示されている。


「へぇ〜。アージェさんの天職って『剣士』だったんだ」


「あはは……。下級職でお恥ずかしい限りです」


「そんなことないよ! いいじゃん『剣士』! 私なんてニートだよ?」


「ふぇ? にーととは?」

 

(あっ。ニートなんて言ってもアージェさんに分かるわけないか……)



 首を傾げるアージェさんに「気にしないで」とだけ声をかけてから、私はアージェさんの天職を『剣士』から『勇者』に変えるべく改変を試みた。


「おぉーっ! 問題なく出来んじゃん!」


「ホ、ホントですか!?」


「うん! ホントホント! ちょっと確認してみてよ」


「は、はい!」


 アージェさんは一度大きく深呼吸をすると、僅かに声を震わせながら「ステータス」と呟いた。


「おぉ……こ、これが……これが……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、ステータス画面がでているであろう空間を食い入るように見つめるアージェさん。


「アージェさんどう? ちゃんと『勇者』に変わってたでしょ?」


 天職を見るだけにしてはやけに長かったので私から声をかけてはみたものの。アージェさんから返答はなかった。


(あれ? 聞こえなかったのかな?)


「アージェさん?」


 少しだけアージェさんに顔を近づけて再度呼びかけてみると──アージェさんの口元がへの字に歪み、両目からは大粒の涙が滲みでていた。


「……うぅっ……ぐすっ……ふぁい」


(なぜ泣く!? もしかして私また何かやっちゃった!?)


 私は慌ててプロパティを使ってアージェさんを確認した。


(いやぁ? ちゃんと『勇者』になってるなぁ。特におかしなところも……。うん。無さそう。え? じゃあなんでだ??)


「ひぐっ……チカさん……しゅいません……でも。ずっどぉ……ずぅ〜と……夢だったのでぇ……うれじぃくてぇ……」


「あぁーっ!! なんだそういうことかぁ〜! てっきりまた私が何かやらかしちゃったのかと……。夢が叶ってよかったね! アージェさん!」


「ひぐっ……。ありがとぉおごじゃいますぅ……。ぐすっ……。一生チカしゃんに……ついてゆきましゅうぅぅ……」


「いやそれはちょっと……」


 ま、まあ! 何はともあれアージェさんが喜んでくれたみたいでよかったよかった! 勇者がふたりになったから帰るのも楽になるし、一石二鳥だね!


 私がそんなことを考えていると、シィーが呆れた顔で大きな溜息をついた。


「はぁ……。んっ! んんーっ!!」


「ん? どうしたのシィー。指なんかさしちゃって。向こうになにがあるって……」


 シィーが指差した方向に顔を向けると、マサキさんが口をポカーンと開けて、この世の終わりみたいな表情でこちらを見つめていた。


「お……お……俺のアイデンティティーが……これじゃ何のために俺はこの世界に……」


「…………」


(大丈夫。まだ召喚された異世界人ってアイデンティティが残ってるよ)



 マサキさんのアイデンティティについて思ったことを口にだそうか迷ったが。もの凄く気まずいので、私は無言でマサキさんから視線を逸らすことにした。

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