第138話 大迷宮②
アージェさんを落ち着かせようと頑張ってる間に1時間はあっという間に過ぎていった。
マロンさんが誤って転移トラップを起動させてしまったことに、はじめこそ怒り心頭のアージェさんだったが、私がマロンさんをフォローした甲斐もあってか、とりあえず今は冷静さを取り戻している。……ように見える。あくまで表面上は。
というかマロンさんひとりで大丈夫かなぁー。71階層にいる魔物って確か結構強かった気がするんだけど……。
マロンさんの無事を祈りつつ、私達は隠し部屋の転移トラップを起動させた。
最下層特有のひんやりとした澄んだ空気を肌に感じながらチカはゆっくりと目を開けた。
「ここが漆黒の大迷宮の最下層……。なんというか……。綺麗なところですね。もっと恐ろしいところを想像していたのですが」
アージェさんは興味深そうに周囲を見渡すと、幻想的な青い光を放つ青光石を軽く数回叩いた。
「チカさん。この石は迷宮の外でも光るんですかね?」
「どうなんだろ? 試したことないから分からないや」
青光石はゲームの世界でもあったけど、あくまでダンジョンの風景の一部に過ぎなかった。青光石って名称も奈落の大迷宮の公開情報としてちょろっと載ってた程度だ。
(んー、でもこの世界ならもしかして鉱石として採取できるのかな?)
「そうでしたか……。じゃあ試してみるしかないですね」
そう言うと、アージェさんは大剣の柄頭を使って青光石の周囲を叩き始めた。
(あっ。刃のほうは使わないんだ)
「──ッ!! 硬ったッ!? このッ!! このおおおおお──ッ!!」
うん。どうやら相当硬いらしい。っていうか大剣の柄頭で採掘するなんて、いくらなんでも無理があるんじゃ……。
『チカさん……?』
不意に後方から私を呼ぶ声が聞こえた。この声は間違いない。マサキさんだ!!
「よかった。無事だった……んだ……ね?」
後ろを振り返ると、眉間にシワを寄せて泣きそうな顔をしているマサキさんと、その後ろで見知らぬふたりの女性が怪訝そうな視線でこちらを見つめていた。
3人とも髪はボサボサ、全体的に土埃と血にまみれ、鎧や衣服は所々切り裂かれてボロボロになっている。
「…………」
あまりに悲惨な3人の姿を目の当たりにして、私は無言で視線を顔ごと他所に逸らした。
私の肩に座っているシィーとフィーちゃんから「「うわー……」」っとマサキさん達を哀れむような声が聞こえてくる。
姉妹揃って私の心を抉ろうとしないでほしい。だいたいまだ私のせいって決まったわけじゃないじゃん!
道中でやられたーとか、ボスにすぐやられたーとか。そういう展開だってありえるんだよ? もしかしたらまだ職業が変わったことにすら気づいてない可能性だって十分──。
「チカさんッ!! 俺の天職を遊者に変えたのチカさんですよね!? 屋敷でハート様に不適切な発言をしたのは俺が悪かったですけど、いくらなんでもこれは酷すぎますよッ!! 俺たち本当に死にかけたんですよ!?」
……あるわけないですよね。なんとなくそんな気はしてました。本当にごめんなさい
◆◇◆◇
あの後マサキさんにもめちゃくちゃ怒られた。今日は怒られてばっかしだ。はぁ……。まぁ、戻すのを忘れてた私が悪いんだけどさー。
そういえばマサキさん達は本当に大変だったみたい。特に80階層ではフェンリルに腕を引きちぎられて死にかけたらしい。今は同行してたイザベラさんの治癒魔法で元どおり繋がってるけどね。
というか、生き残れたのもこの同行していたイザベラさんとセレンさんのおかげなんだとか。やっぱり遊者じゃ役に立たなかったか……。
「……そんな感じで。なんとかフェンリルから逃げ切れたのはよかったんですけど、ふたりだけじゃ70階層のブルードラゴンを倒すことは難しいんじゃないかという結論に至って……。まぁ、それで転移トラップの転移場所付近に簡易テントを張って救助を待っていたら、突然この人の泣き叫ぶ声が聞こえてきたので驚きましたよ!」
マサキさんはそう言うと、アージェさんの前で綺麗な正座をきめているマロンさんの方へ視線を送った。
「もうなんか鬼気迫る感じで、「ああああああっ!! やっちゃったあああ──ッ!! また教官に怒られちゃうぅぅーッ!!」って。……落ち着かせてチカさん達のことを聞くのに苦労しましたよホント」
「あーっ! 自分がやったみたいな感じで言うなんてずるいですよマサキ! 宥めてたのは全部私で。マサキとセレンさんは隣であたふたしてただけじゃないですかぁ〜!」
イザベラさんが泣き叫ぶマロンさんを宥めてくれてたみたい。確かにイザベラさんのおっとりとした優しげな雰囲気は話してて落ち着くかもしれない。
なんとなくマイちゃんのお母さんに雰囲気が似てるかも。
「なあなあ! お前本当に天職を変えることなんてできるのかあー?」
「あぁん? 私の契約者を嘘つき呼ばわりするなんていい度胸なの!!」
「にかわに信じらんねえぜ! 嘘つき人間に騙されてるんじゃねえのか?」
──嘘ついても仕方ないじゃん。初対面なのに失礼な妖精さんだなぁー。
少しイラっとしたので言い返してやろうと思ったが。セレンさんとイザベラさんも怪訝そうな視線を私に向けていることに気がついた。
……なるほどね。ふたりもこの妖精さんと同意見ってとこか。まぁ、確かに信じられないのも無理はないか。
「私は騙されてねえの!! チカッ!! コイツらに見せてやるといいのっ!!」
またシィーは勝手なことを。そんなことするわけないじゃん! っていつもなら言うところだけど……。
今回はマサキさんの天職を戻さないといけないし、そもそもすでに遊者になってるのがバレちゃってるから隠す意味もないんだよね。
「おーおー。やれるもんなら早く見せて欲しいもんだぜぇ!」
「うぎぎっ……。チカッ!!」
よしっ!! そこまで言うなら見せてやろうじゃないかっ!! 私の加護の力をッ!!
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