第131話 大迷宮に行く前に準備をしよう!③

 粉々に砕け散った翠緑の宝玉の欠片が、光を反射させながらキラキラと四方に飛び散り、室内は騒然となった。


 突然のティターニアの乱心ともとれる行動を理解できるものが誰もいなかったのである。


「......静まりなさい」


 ティターニア様の威厳に満ちた声が響き渡り、室内はしんと静まり返った。もはや先程までのほんわかとした雰囲気は微塵も感じられない。


 ティターニア様は辺りを軽く見渡して満足げな笑みを浮かべながら頷くと、ゆっくりと瞳を閉じた。


「妖精女王ティターニアが命ずる──」


 ぶつぶつと呟くように紡がれていくティターニア様の詠唱。


 その声にまるで同調するかのように、辺りに飛び散った翠緑の宝玉の欠片が光の粒子となって次々と宙に浮き上がり、ティターニア様の元へ向かっていく。


 興味本位で腕を伸ばし翠緑の光を放つ粒子に触れてみると、ほんわかとした温かさと何故かホッとするような安心感を感じた。


 今まで感じたことがないとても不思議な感覚だ。


「綺麗......」


 惚けたような声で呟いたのはマロンさんだ。


 ふと横に目をやると瞳をキラキラと輝かせながら周囲をキョロキョロと見渡している。


(確かに綺麗だ。こんな光景いままで見たことがない。スマホやデジカメがないのがすごく残念だなぁ......)


 私も周囲を見渡した。


 ふわふわと無数に漂う翠緑の淡い光。それらがティターニア様を中心に円を描きながらゆっくりと漂い、幻想的な雰囲気を醸し出している。



(......ってないなら創ればいいじゃん!! 充電もシィーとマリーちゃんにお願いすればなんとかなりそうだもんね!)


 私は自分の持っていたスマホを思い浮かべながら強く念じた。


 閃光とともに現れる見慣れたスマートフォン。


 私は指紋認証で画面ロックを解除すると、急いでカメラアプリを起動してビデオモードで録画をスタートさせた。


 あとでティターニア様にも見せてあげようかな?


 そんなことを考えながらスマホ片手に撮影していると、突然シィーの顔面がドアップで映しだされた。


「ん〜?」

「シィー。ちょっとそこどいて?」

「ねぇ。これはなに?? あっ! 新しいゲームなの?」

「ゲームじゃないから!」


 ──いや、ゲームもできるか。たしかネットワークを経由してなくても遊べるアプリもあったはず......。んー、でもどんなのがあったけ?


 チカは過去を追想しようとしたが、すぐに考えるのをやめた。


 正直、何をインストールしたかなんてよく覚えてないし、いま目の前に広がる情景を見逃すのは勿体無いと思ったからだ。


 しかし、そんなチカの表情の変化をシィーが見逃すわけがない。


 賢いシィーは過去の経験から、『あの板切れはゲーム機よりもっと面白いものなのではないか』という結論に至っていた。


 ただでさえ異世界の道具というだけで好奇心がくすぐられるのに、チカのこの反応だ。普段であればどんな手を使ってでもすぐにチカを問い詰めるところだが、今はティターニア様による精霊魔法の真っ最中。


 それも秘宝として厳重に宝物庫に保管されている前任の女王様の魔力が込められた翠緑の宝玉まで使っている。邪魔なんてできるわけがない。


 本来、精霊魔法は人間が扱う魔法と同様、詠唱の必要がないものがほとんどだ。ただし一部の高度な精霊魔法は別だ。詠唱と膨大な精霊力を消費して放たれる精霊魔法は、他の精霊魔法とは比べものにならないほどの威力や効果を発揮する。


 つまり歴代の女王の中でも1、2を争う精霊力を持っていると謳われたティターニア様ですら、自身の精霊力だけでは扱いきれないレベルの高度な精霊魔法を使っているということだ。


 万が一、自分のせいでこの精霊魔法が失敗するようなことがあれば一体どんな罰を受けるのか検討もつかない。


 あとで絶対に確認しよう。そう心に決めたシィーであった。



 ◆◇◆◇


 シィーがそんなことを考えている一方で、ティターニアの詠唱は終わりを迎えようとしていた。


「—— 我が命に従いて、天を翔る翼を与えたまえ」


 ティターニアの詠唱が終わると、周囲を漂っていた無数の翠緑の淡い光の速度が急激に加速し、無数の光点が翠緑の線を描きながらティターニア手元。ガルフェザーシューズに集束されていく。


 数秒後。


 室内にいた全員が固唾を呑んで見守る中、光線は全てガルフェザーシューズに集束し、静寂が室内を支配した。



 その静寂を破るようにティターニアがガルフェザーシューズをチカに差し出しながら、ゆっくりと口を開いた。


「......お返しします」

「う、うん」


 私はガルフェザーシューズを受け取りながら、ティターニア様を見つめた。


 ティターニア様の額には汗が滲み、酷く疲れた顔をしている。呼吸も荒い。まるで魔力が枯渇した時のマリーちゃんの症状とそっくりだ。


「ねぇ。すごく体調が悪そうだけど大丈夫なの?」

「チカちゃんはやっぱり優しいわねー。靴の確認より先に私の心配をしてくれるなんて」

「そりゃ心配するよ! 当たり前じゃん!」

「ふふっ、ありがと。でもちょっと精霊力を使いすぎちゃっただけだから心配しないで? 少し休めば多少は良くなるから」


 そう言うと、ティターニア様は私に向かってニコッと微笑んだ


 全然大丈夫そうには見えないけどなぁ......。いや。それどころか話すのも辛そうだ。


「......やっぱり魔力回復ポーションじゃ良くはならないんだよね?」

「そうですね。残念ながら休むか、翠緑の宝玉を使うかしか精霊力を回復する方法はないのです。もっとも翠緑の宝玉は気軽に使えるようなものではありませんけどね」

「あー。シィーも前任者の力を込めて作られる特別な宝玉って言ってたもんね......」

「えぇ。その通りです。......さぁ。今はそんなことより靴の鑑定を。気に入ってもらえるといいのですが」


 私は言われた通りガルフェザーシューズに『鑑定』を使った。



 ガルフェザーシューズ

 効果:妖精と契約している者がこの靴を履くと、微量の魔力を消費することで自在に飛行することができるようになる。

 作成者:ゼぺット



「やっぱりそうだよね......」


 ティターニア様の様子が変わったのは私が空を飛ぶ靴について聞いてからだ。


 だからティターニア様が精霊魔法を私のために使ってくれたことぐらい精霊魔法の詠唱が始まった時から気づいてた。


 正直まったく期待してなかったといったら嘘になる。けどまさか貴重な宝玉を使わないと作れないような物だったなんて......。



 空を飛ぶことができる靴が手に入った喜びと貴重な宝玉を使わせてしまったという罪悪感を感じながら思考を巡らせていると、不意に両肩をそっと掴まれた。


 驚いて顔を上げるとティターニア様が微笑みながら優しい眼差しで私を見つめていた。


「そんな顔しないでください。私がやりたくてやったことです。チカちゃんが気に病むようなことではないのよ?」

「でも──」


 私の言葉を遮るようにティターニア様は話を続ける。


「希少とはいえ翠緑の宝玉はまだあります。例え無くなったとして女王の座を継承すれば新たに作ることもできるでしょう。......ですが貴女はこの世界にたったひとりしかいないのですよ?」


 ティターニア様は穏やかな口調でそう言うと、私の頬をそっと撫でた。


 直後、優しい眼差しに僅かな哀しみが宿る。まるでなにかを悔やんでいるような、懐かしんでるような。優しくもどこか悲しげな眼差しだ。


「それに私はもう後悔だけはしたくないのです。あんな思いをするのはもう沢山......。 だから使ってください。私のために。そしてチカちゃん自身のために」


 ここまで言ってくれる相手に私がだす答えなんてもう決まってる。


 私はこみ上げてくる喜びの感情に身を任せ、ギュッとティターニア様に抱きついた。


「ありがと。大事にするね......」

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