第128話 マサキとS級冒険者達③

 セレンとフェンリルがぶつかり合った瞬間、金属音が鳴り響き、セレンの横っ腹から血飛沫が散った。


「──ッ!」


 激痛にセレンは顔を歪ませる。


 離れた場所からその様子を見ていたイザベラは、すかさずセレンに向かって治癒魔法を飛ばした。


 みるみるうちにセレンの腹部の傷が塞がっていく。


(あぶなかった……。少しでも反応が遅れてたら受け流すこともできずに終わってたかも……。スピードは向こうの方が上。それなら……!)


 セレンはフェンリルの側面に回り込むように進路を変えながら、フェンリルの進行方向に向かって土魔法を放った。


 大地が揺れ、フェンリルの進路を妨害するかのように、地面から尖った岩が次々と隆起していく。


 フェンリルはスピードを落とし、突きだしてきた岩を左右に躱していく。


(やった! 上手くいったわ! この戦法でいけばもう少し時間を稼げるはず。だけど……)


 セレンはマサキに視線を送った。


(マサキはなんで光魔法を打たないの?)



 ◆◇◆◇


 セレンとイザベラの奮闘が続く中、マサキは理解できない現象に焦りと苛立ちを感じながら、必死に思考を巡らせていた。


 ありえない。どうして魔法が使えないんだ!? 魔法がつかえなくなる状態異常? ……いやそんな話聞いたことないぞ!? そもそも俺以外はみんな魔法を使えてるじゃないか!


「マサキっ!! 何をしてるんですか? 早く光魔法を放つのですぅ!!」


「分かってますッ!!」


 苛立った口調でそう答えると、マサキは光魔法を放とうと手元に魔力を集中させていく。


 だがそこからどうすれば光魔法を放てるのか。そのイメージ自体ができなくなっていた。


「ダメだ!! やっぱり魔法が使えないっ!! 一体どうなってるんだ!?」


「えっ!? 魔法が使えないってどういうことですか!?」


「俺だって分かりませんよ!」


 イザベラは困惑したような表情で言葉を続ける。


「何かの状態異常? でも私とセレンさんは問題なく魔法が使えてるし……。んー……」


 イザベラは首を傾げて少し考えた後、マサキに向かって右手を前に突きだした。


「プロパティ!!」


 イザベラはセレンにも意識を向けながら、プロパティにより目の前に表示されたマサキの情報をみて愕然とした。


「はへっ!? マ、マサキさんが遊者になってる!?」


「そんなの当たり前じゃないですか! こんな時に今更何を言ってるんですか!?」


「ちがっ! 勇者じゃなくて遊者に……。あーっ! もうっ!! 自分の目で確認してみるといいですぅ!」


「今はそんなことしてる場合じゃ──」


「いいから早くっ!!」


 イザベラはマサキの言葉を遮って、切羽詰まった口調でそう言い放つと、すぐに視線をセレンに戻した。


(想定外の事態ですぅ!! どうにかしてセレンさんにもこのことを伝えないと!! このままじゃ全滅ですぅ! でも一体どうやって伝えれば……。大きな声をだしたらフェンリルがこっちに向かってくるかもしれないし…….。うぅー……)


 思考を巡らせながらイザベラは横目でチラっとマサキに視線を送った。


 イザベラの視線の先には、瞳を見開いて、真っ青な顔で口をパクパクしているマサキの姿があった。


 それは戦闘中に見せていい表情では決してなかったが、イザベラはマサキを批難する気にはなれなかった。


(自分の天職が遊者になってるんだから当然の反応ですぅ……)


 イザベラは遊者になったマサキを一瞬哀れんだような視線で見つめた後、武器をギュッと握りなおすと、瞳に強い意志を宿しながらフェンリルと戦うセレンの方へ視線を向けた。


(私とセレンさんだけでどうにかこの場を切り抜けるしかないようですね……)



 ◆◇◆◇



(チカさんだ……。こんなことできるのはあの人以外考えられない。でもいつの間にこんなことを……?)


 ──『あははははっ! マサキが遊者になってるのっ!!』


 ふとマサキはチカの屋敷でシィーの言っていた言葉を思い出した。


(あの時かああああ──ッ!!)


 そうだ……。そういえばあの時。チカさんは何故か俺の肩に触れてきた。機嫌が悪かったはずなのに急にどうしたのかなぁーとは思ってたけど、まさか天職を変えていたなんて……。


 確かに憶測だけで逃げようとしてたんじゃないか、ってハート様に伝えたのは俺が悪かった。チカさんが怒るのも無理はない。


 でもそれにしたって……。


「いくらなんでもこれはやりすぎだよ!! あああああ──ッ!! もうっ!! なんてことしてくれたんだッ!! あの人はああああああ──ッ!!」


 緊迫した状況と自分ではどうすることもできない現状に追い詰められたマサキは、声を荒げて叫び声を上げた。


 全員の視線がマサキに集中する。もちろんそれはフェンリルも例外ではなかった……。


「マサキっ!! 危ないッ!!」


 セレンの声で我に返ると、フェンリルの鋭い爪がマサキの目の前まで迫ってきていた。


「しまっ──」


「「マサキ────ッ!!」」


 イザベラとセレンの悲痛な叫び声が洞窟の中に響き渡った。

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