第127話 マサキとS級冒険者達②

 扉の前についた俺達は、少し休息をとってからボスに挑むことにした。


 といっても、今のところ肉体的な疲れはほとんどない。遭遇する魔物も余裕で捌ける程度のやつしか出てこなかったし、いざとなれば回復系のポーションを飲めばいいだけの話だ。


 問題なのは精神的な疲れのほうだ。


 ミノタウロスのように気配や目視で察知できる魔物はまだいい。厄介だったのは上空から攻撃を仕掛けてくる蜘蛛みたいな魔物のほうだ。


 あいつら見た目は蜘蛛ぽいのに、見えづらい岩陰に隠れて針のようなものを飛ばしてきたりするからタチが悪いんだよなぁ……。



「ねぇ、マサキ。ちょっといいかしら?」


 俺が道中での出来事を思い出してげんなりしていると、セレンさんが剣の手入れをしながら話しかけてきた。


「あっ、はい。どうしたんですか?」


「この扉の先にどんな魔物がいるのか知ってたら教えてもらえるかしら? できれば対策を考えておきたいのよね」


「そうですよね! えーと、もし俺の世界と同じなら確かフェンリルですね! すごく大きな灰色の狼なんですけど……」


「フェンリルですって!? 伝説の魔物じゃない!?」


「まぁ、全く同じとは限りませんけどね! 現にここに辿り着くまでの間に遭遇した魔物は、俺が知ってる魔物とは全然違かったので」


「そう……。まぁ、でも今までのことを考えると、同じぐらいの強さをもった魔物と遭遇する可能性は想定しておくべきっといったところかしらね。それにしても……。ねぇ、マサキ。マサキのいた世界にはフェンリルを倒すことができた人ってどれくらいいたの?」


 ふむ。難しい質問だ。フェンリルの討伐達成は強者か否かを分ける目安の1つになっていた。けど討伐者の人数までは公開されていない。唯一公開されていたのは奈落の大迷宮を完全踏破した先着上位10パーティーに所属していたプレイヤー名だけだった。


「んー、そうですね……。最低でも50人以上はいたと思いますよ?」


「そ、そんなに? マサキがいた世界って凄いのね。みんな命が惜しくないのかしら……」


「あはは……」


 まぁ、ゲームの中の話だしなぁ……。現実にあんな大きな狼がいたら軍隊でもない限り、倒すのは難しいんじゃないかな?


 そんなことを考えていると、セレンさんが真剣な表情で俺に問いかけてきた。


「……本当に私達だけで倒せるのかしら?」


「光魔法が弱点なのでおそらくはってところですかね? ただし、倒すのが難しそうであればすぐにでも撤退すべきだと思います」


 俺とセレンさんの話を横で聞いていたイザベラさんは軽く両手を上げて、ギュッと拳を握りしめながらセレンさんを励ますように声をかけた。


「マサキの光魔法があればきっと大丈夫ですよぉ〜! 万が一ダメそうだったらみんなで逃げちゃえばいいだけのことですぅ!」


「……そうよね。ありがとイザベラ。私としたことが動揺して少し弱気になってたみたい」


「この人間の言う通りだぜぇー! お化け以外の事で、こんなに弱気になるなんてセレンらしくないんだぜぇーっ!」


「ちょっとウィル!? あんたなに言ってるのよ!!」


 ウィルの話を聞いたイザベラはニンマリした口元を両手で押さえながら、セレンの顔を覗き込むようにして見つめた。


「あれれ〜? セレンさんもしかして……。お化けが怖いんですかぁ〜?」


「別にお化けなんか怖くないわよッ!! ほら! バカなこと言ってないで準備ができたんなら、さっさと行きましょ!」


 そう言うと、セレンさんは顔を真っ赤にしながら俺とイザベラさんに背中を向けた。



 ◆◇◆◇



 セレンさんの意外な一面をみて癒された後、俺達は真っ黒で大きな扉を押し開けて、部屋の中へと進んでいった。


 俺達が全員部屋の中に入るのと同時に、部屋の中央に10階層の時より遥かに大きな魔法陣が地表に浮かびあがり、眩い閃光が辺りを照らした。次の瞬間。


「グルルルルルルル……」


 気がつくと眼前で、怒りの形相で歯を剥き出しにした巨大な灰色の狼が、唸り声を上げながら俺達を見下ろしていた。


(間違いない。フェンリルだ。)


 ふと瞬殺された過去の苦い記憶が脳裏をよぎる。

 

(俺は本当にコイツに勝てるのだろうか? ……いや。そうじゃない。そうじゃないだろ! 勝つ!! 今度こそ勝つんだッ!!)


 マサキは懸念を振り払うかのように首を横に振ると、フェンリルに視線を戻し武器を握りなおした。


 一方、セレンとイザベラはフェンリルを見上げながら、恐怖と緊張から唾を飲み込み、喉を鳴らした。


 フェンリルが放つ圧倒的な存在感と殺気。


 ピリピリと肌を刺すような緊張感が周囲を包み込んでいく。


 そんな中、何度かフェンリルと戦った経験をもつマサキは、場の雰囲気に呑まれることなく、すぐに仲間達に向かって指示を飛ばした。


「ふたりともっ!! 俺が光魔法を放つので援護をお願いします!」


 マサキの声にハッとしてセレンとイザベラが我に返り、武器を構えた。


「り、了解っ!! 私が囮になって時間を稼ぐわ。イザベラは治癒魔法でフォローお願いね!」


「了解ですぅーっ!!」


「ウィルっ! いくわよ!!」


「了解だぜぇーっ!」


 セレンは風魔法をつかい加速すると、フェンリルを中心にして弧を描くように回り込みながら風の刃を連続で放ち続けた。


 縦、横、斜めと方向を変え、時間差をつけて多方向から放たれ続けた風の刃は複雑に交差しながら、空気を切り裂く風切り音と共にフェンリルに迫っていく。


 刹那。セレンの視界からフェンリルの姿がかすみ、消え失せた。


「なっ! 消えた!?」


 セレンはすぐに周囲に視線を送る。


(いや違う! 高速で移動しているんだ。私とは逆回転に弧を描きながら……っ!)


 このままでは真っ正面からぶつかり合うことになる。そう察したセレンは進行方向を変えようと僅かに身を捩った。


 次の瞬間。


 振り下ろされた鋭い爪先が、セレンの視界に飛び込んできた。


(ちっ! コイツ私より速いっ!!)


 フェンリルの鋭い爪とセレンの剣の刃がぶつかり合い交差した。

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