第124話 自分探しの旅?②

 ──どうしてこうなった......。


 虚な瞳で地面を見つめながら、チカは大きな溜息をついた。


 肩からは「ヒィー、ヒィー」と漏れだすような吐息とクスクスと笑う声が聞こえてくる。


 もちろんシィーの声だ。


 精霊魔法で隠れてるから必死で笑うのを堪えてるみたい。よっぽどいまの私の状況が面白いらしい。


「お姉さん! とりあえず黒猫さんが外に出てないか門兵さんに確認にいきましょう!」


 まぁ、無理もないけどね。いま私は絶対に見つかるはずのない私自身を探してるんだから......。


「あれ? ちょっとお姉さん? 私の話し聞いてますかぁ~?」


 私はハッとして我に返り視線をあげた。


 私の手を引いて前を歩いていた青い髪の女の子がキョトンとした顔で首を傾げている。


「もぉ~っ!! なにボーっとしてるんですかぁ~? 私達は黒猫さんを見つけないといけないんですから、しっかりして下さいよぉー!!」

「あはは......。ごめんね」


 チカは顔を引きつらせながら、女の子にギュッと握りしめられている自身の左手に視線を送った。


 ──見つけるどころか、もうその黒猫さん捕まってるんだけどね......。


「あっ、そういえば自己紹介もまだでしたねぇ。私はCランク冒険者のクレア! よろしくです。お姉さんのお名前はなんて言うんですかぁ~?」

「私はEランク冒険者のマイだよっ!!」

「おーっ、まだEランクなんですねぇ~。じゃあ私のが冒険者としては先輩です! なにか分からないことがあったらなんでも聞いて下さいねぇ~?」

「ありがと。その時はよろしくね?」

「もちろんですっ! 先輩になんでも聞くといいのですよぉ〜!」


 クレアちゃんはおっとりした口調でそう言うと、ニンマリしながら得意げに胸を張った。


 猫耳パーカーを着てるから小動物みたいですごく可愛らしい。


 ──ってそんなこと考えてる場合じゃなかった!! このままクレアちゃんと一緒に街の中を探し回ってたら、私を知ってる人と出会ってしまうのは時間の問題だ。


 そうなったらいくら偽名を名乗ったとはいえ、誤魔化しきれるとは思えない。早くどうにかしてしないと......。



 私が必死に思考を巡らせていると、聞き覚えのある声が前方から聞こえてきた。


「おっ? おーいっ!! 嬢ちゃん!」


 声がした方を見ると、マークさんがニカっと笑って、手を振りながらこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「うぇっ!? マークさん!?」


 ── どうしてこんなところに!? まだ街の門まで距離があるはずなのに!


「うぇって......。なんだよその反応。俺が街の中にいるのがそんなにおかしいのか?」

「いや、別にそう言うわけじゃないんだけど。......でも門兵のお仕事は?」

「いや、ここにいるんだから終わったに決まってんじゃねえか」


 ──そりゃそうだ。24時間ひとりで門兵の仕事をしてるわけじゃないもんね。


「マイちゃん。お知り合いですかぁ〜?」

「あぁん? マイちゃん? お前なに言ってんだ?」

「えっ?」

「いいか? この嬢ちゃんは──」

『わあああああぁぁぁ──ッ!?』


 私の叫び声が周辺に響き渡り、周囲にいた街の人達の視線が一斉に私達の方へ集中した。


〈あっー! お母さん! みてみて! 猫のお姉ちゃんだよぉーっ!!〉

〈なんの騒ぎだ!?〉

〈いまの声は......?〉


 街の人達のどよめきが聞こえてくる。


 ──まずいまずいまずいまずい......!!


 マークさんは両耳を手でおさえながら、訳が分からないといった表情でこちらを見つめた。


「お、おいおい。嬢ちゃん急にどうしたんだよ? そんな大きな声をだして......」

「そうだっ!! すっかり忘れてたっ!! 今日一緒に食事にいく約束してたよねっ!?」

「あぁん? そんな約束して──」

?』


 私はマークさんの両肩を両手でガシッと掴み、力を込めながら、マークさんをおもいっきり睨みつけた。


「お、おう」

「クレアちゃんごめんね! そう言うことだから、私はもう行くねっ!!」

「えっ? えっ??」

「ほらっ! マークさんいくよっ!!」

「うおっ!? わ、分かった! 分かったから、そんなに引っ張るなってっ!!」


 私は困惑するクレアちゃんをおいて、急いでその場を後にした。



 ◆◇◆◇


 クレアちゃんから逃げるようにその場を離れた私は、宿屋の隣にあるキャットフードで食事を食べながらマークさんに事情を説明した。もちろんすべて私の奢りだ。


「......たくっ。そういうことかよ」


 マークさんは呆れ顔でぼやきながら、テーブルに並べられた大きな骨つき肉にかぶりついた。


「けどよぉ。いつまでも誤魔化しきれるとは思えねえけどなあ? あの子も冒険者ならそのうち気づくんじゃねえか?」

「やっぱりそうだよね......」


 ニッケルに元々いる冒険者なら、ギルドの外にある絵と実際の私が全然違うことに気がつかない訳ないもんね......。


「今からサインの練習をしといたほうがいいんじゃねえか?」

「あはは......。からかわないでよ......」

「いやいや。謙遜してるのか自覚がねえのか分からねえけど、冗談抜きでそう思うぜ? ぶっちゃけ、大迷宮に挑んでるっていう勇者様より、王都やこの街を救ってくれた嬢ちゃんのほうが知名度も人気も上だしなあー」

「大迷宮に挑んでる? マサキさんが?」

「なんだ勇者様とも知り合いなのか? まぁ、そうらしいぜ? 詳しくは知らねえけどな」

「へぇー」


 マサキさんも勇者らしいことしてるんだ。それにしても大迷宮かぁー。この前王城で話してたデュランダルを探しにいったのかな。


「マサキさん大丈夫なのかなー」

「大丈夫じゃねえか? 勇者様は光と雷の強力な魔法を使えるって噂だし、S級の冒険者も数人同行してるらしいからなあ」

「なるほど。それなら大丈夫そうだね!」


 ゲームと同じなら80階層から下は光の魔法が弱点のBOSSしかいないはずだもんね。まぁ、最悪違かったとしても、70階層のブルードラゴンを倒して地上に戻ってくればいいだけの話だ。


 マサキさんも勇者の強力な魔法とS級冒険者で構成されたパーティーならいけるって判断したんだろうなぁ。



 私がマサキさんのことを考えながらパスタを食べていると、シィーが私の肩をポンポンと叩いてきた。


「ん......?」


 マークさんにバレないようにシィーの方へ視線をやると、めずらしく真剣な表情をしながら私に向かって手招きをしている。


 私が頭を少し傾けると私の耳元でシィーがそっと囁いた。


「ね、ねぇねぇ。マサキの天職って遊者からもとに戻したの......?」


「............」


 シィーの話を聞いて、自分の顔からさーっと血の気が引いていくの感じた。

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