第117話 遊ぶ者
「ねえ、なんでマサキさんだけここに残ってるの?」
「あっ! お話終わりました? ちょっとチカさんにお願いしたいことがあって待ってたんですよ!」
「やだ」
「えっ?」
さっき余計なことをハート様に言ったこと、私はまだ忘れてないからね? なんでお願いなんて聞いてあげないといけないんだ。
「えーと......。なにか怒ってます?」
「別にー」
「いや絶対怒ってるじゃないですか!?」
だいたいこの勇者はこんなところでなにやってるんだろ。魔王を倒しに行くなり、聖剣を探しに行くなりすればいいのに。
もういっそのことマサキさんの職業を勇者から遊者に変えてやりたいぐらいだよ。
......んっ? そういえば試したことなかったけどできるのかな? 『プロパティ』って人に使ったらどうなるんだろ?
私は好奇心を抑えることができず、こっそりマサキさんに向かって『プロパティ』を使ってみた。
名前:マサキ
種族:人族
天職:勇者
状態:正常
おーっ! 見えるようになるじゃん。まるでステータスの簡易版みたい。じゃあこの状態で......。
「ん? チカさん? どうしたんですか?」
「いいからいいから。私のことは気にしないで?」
戸惑いの表情を浮かべるマサキをよそに、私はマサキさんの肩に軽く触れながら『勇者』が『遊者』に変わるように強く念じてみた。
名前:マサキ
種族:人族
天職:遊者
状態:正常
「おぉっー! 変わった!!」
「ん~?」
私の様子を見てなにかを察したのか、シィーがニンマリしながら私の肩まで飛んできた。
「あははははっ! マサキが遊者になってるのっ!!」
「なにをいまさら。前にも話したじゃないですか。俺はもともと勇者ですよ?」
そうだね。私の中でもマサキさんは前から遊者だったよ。
「あっ、そんなことよりチカさん!」
「んっ?」
「俺にもあのゲーム機下さいよっ!」
な~んだ。目的はゲーム機か。てっきり聖剣を一緒に探してくださいとか言われるのかと思った。......だが断る!
「やだよ」
「なんでですかっ!?」
「だってハート様にお屋敷のお礼であげたものなのに、マサキさんにタダで渡したらハート様に失礼じゃない?」
「うっ。それは確かに......」
黙り込むマサキさん。もちろん私はそんなこと何とも思ってない。ゲーム機が2つあったほうがハート様も共有の話題を話せる人ができて喜ぶかもしれないしね? ただ気分的に渡したくないだけ。ハート様に余計なことを言わなきゃゲームで遊べたのに、残念だったねマサキさん。
「うわ......。めずらしくチカがまともなこと言ってるの」
「そうなのです?」
「そうなの! 今までチカがまともだったことなんて一度もないの!」
「......それはさすがに言い過ぎだと思うのです。シィルフィリアちゃんはいつも話を盛りすぎなのです」
「なっ!? そ、そんなことないの! フィルネシアがチカのことを分かってないだけなの! 私とフィルネシアじゃ積み上げてきた時間が違うの!」
私のすぐ後ろで得意げにそんなことを言いだすシィー。積み上げてきた結果が、まともだったことがないってどういう事なの? というか......。
「──シィー、全部聞こえてるからね?」
「ひゃっ! ち、ちょこっとだけ言い過ぎたかも知れないの......」
「はぁ......。シィルフィリアちゃんはいつもそうなのです......」
「もうっ! フィルネシアはいつもうるさいのっ!」
◆◇◆◇
王城を目指す馬車の中。
王都で生きる人々の姿を窓から眺めながら、ハートは昨晩のことを思い出していた。
──城内に設置された幾多の防衛魔道具と、至る所に配置された見張りの兵士達。
優秀な冒険者、宮廷魔道士、隠密を生業とする者、城内の警備態勢を見たものは口を揃えて同じことを言う。
『全てを掻い潜り、陛下の自室に忍びこむことなど不可能』と。
そんな厳重な警備態勢の中、彼女は私のもとへ現れた。
驚愕する私をみて、まるで嘲笑うかのように笑顔を浮かべながら彼女は言った。
「ふふっ、何を驚いてるの? 貴女が自分で言ったんでしょ? 何かあったらすぐ来るようにって......」
「その声は......チカ? ......いえ。違いますね」
普段のチカと雰囲気がまるで違う。なるほど。彼女がアーサーの話していたチカの闇の部分ということですか......。
「......私をどうするつもりですか?」
「あはははっ! そんなに怖がらないで? 今日はコイツを引き渡しにきただけだから」
そう言うと、彼女は私のもとへ何かを放り投げた。
「ぐふっ!」
布のようなもので動けないように身体を拘束されたゲスター伯爵だ。
「これはどういうことですか? なぜゲスター伯爵をここに?」
「コイツが暗殺者を送り出して、私達に危害を加えようとしたから連れてきたのよ。貴女にも周りへの見せしめは必要でしょ?」
「そういうことですか......」
この少女は、ゲスター伯爵を見せしめにして周りの貴族を黙らせろ。そう言いたいのだ。
「ハート様!! 騙されてはいけませんぞっ!! コイツはありもしない虚偽の罪で私を嵌めようとしてるのです!!」
私に向かって必死にそう訴えるゲスター伯爵。私が視線をわずかに伯爵の方へ向けた、次の瞬間。私の背筋にゾクリと悪寒が走った。
「穢らわしい......」
「うげっ!?」
一言。彼女はたった一言だけそう呟くと、ゲスター伯爵を天井付近まで蹴り上げた。
「うぐぐっ......」
冷たい瞳で、まるでゴミでも見るかのような視線をゲスター伯爵に向けた後、彼女は私の方へ視線を戻した。
「しっかりとこのゴミを有効活用することね。......次はもうないわよ?」
「そ、それはどういう意味ですか?」
「殺すって言ってるのよ。分かってるくせにどうして聞き返すの? ......今すぐ貴女を無残な姿に変えてあげてもいいのよ?」
──彼女の顔から表情が消えた。
私はすぐに今の状況が危険な状況であることに気がついた。
ここで答えを間違えれば彼女は迷うことなく私を殺すだろう。そう思わずにはいられないほど彼女の瞳は冷たく、明確な殺意を含んでいた。
「し、失礼しました」
彼女は小さく溜息をつくと、なにもない空間に向かって、手を軽く振った。
直後、眼前に大きな光の扉が出現する。
「用事も済んだし私はもういくわ」
「......貴女は何者なんですか? どうして自分のためではなく、そこまでチカのために?」
彼女は少し考えた後、私の瞳を覗き込むように見つめながらゆっくりと口を開いた。
「私は──」
『ハート女王陛下!! もうすぐ王城に到着致します!』
高らかに叫ぶ兵士の声で、私はふと我に返った。
気づけば馬車はいつの間にか城門を抜けて城の庭園を走っていた。
ハートは咲き誇る花々を見つめながら、しばし考え込み、軽く首を横に振った。
「考えて答えがでる問題でもありませんね......。今はチカを信じて、ことの成り行きを見守ることにしましょう」
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