第116話 私の優秀な執事さん

 メリィちゃん達が食堂から出ていくと、エルザさんが食後のデザートと紅茶を私のテーブルに並べてくれた。


「おおっ! 苺のショートケーキだ!」


 私の大好物をすでに理解しているとはね。本当に気がきく執事さんだ。ぜひ明日はマロンケーキでお願いします。


「本当によろしいのですか?」


「はい。マロンケーキでお願いします」


「えっ……? あっ、はい。いますぐお持ちしますね」


「…………」


 ふぅ〜。さすがエルザさんだ。まさか私の心の声を引きだすなんてね……。


 私は足早に厨房へ向かうエルザさんの背中を見つめながら、紅茶の入ったカップをゆっくりと口元に運んだ。


「はぁ……。どんだけ食いしん坊なの? ホント呆れちゃうの」


「シィー。お願いだからこれ以上私の心を抉らないで……」


「なんだかすご〜く気になる言い方なの……。ちゃんとした説明を要求するのっ!!」


「…………」


 不満げな顔で私の肩を激しく揺らすシィー。


「無視すんじゃねえの! もういいのっ! チカがそうゆう態度をとるなら私にも考えがあるの!!」


「ん?」


「チカがいかに食いしん坊なのか、街中で叫びまくってやるのっ!!」


「はあああああ──ッ!? そんなのダメに決まってんじゃん!! そんなに気にするようなことでもないでしょ!?」


「いーや! 私は気になって仕方がないの! はやく話さないと外で騒ぎまくっちゃうかもしれないの!」


「ああああっ!! もうっ! 分かったよ! あまりにタイミングよく聞かれたから、つい考えてたことが口からでちゃったんだよっ!! これで満足!?」


 私の話を聞いて、シィーは目を数回パチパチカさせると、お腹を抱えて大声で笑いだした。


「プッ! あははははっ! やっぱり聞いて正解だったの! それにしても……。クフッ! 面白すぎなの! あははははっ!!」


「笑いすぎだよっ!! もっー! だから言いたくなかったのにっ!!」


 シィーの大きな笑い声が食堂に響く中、エルザさんがマロンケーキを銀のトレイにのせて、私達のもとへ戻ってきた。



 ◆◇ ◆◇



 それにしても、エルザさん本当はなにを私に聞きたかったんだろう?


 壁際に静かにたたずむエルザさんへ視線を向けた。


 やっぱり私から聞き返すべきだよね……。


 んー。けどどうやって話を切りだそう? 「さっきはなにを聞きたかったの?」とか? ……いやいやいや。これはダメだ。故意にエルザさんを無視してケーキを催促したことになってしまう。さすがにそんな食いしん坊キャラにはなりたくない。


 あぁー。さっきケーキを要求しちゃった手前、話を切りだしづらくなっちゃったなぁ……。


 やっぱりちゃんと訂正しとけばよかった......。


「チカ様。少しよろしいでしょうか?」


 私が言葉に悩んでいると、エルザさんから声をかけてきてくれた。


 悩みのごとが消えて内心ホッと安堵しながら、私はエルザさんのほうへ顔を向ける。


 エルザさんは私と視線が合うと気まずそうに1度瞳を伏せてから、思い詰めた表情で私を見つめた。


 どうやらかなり真剣な話みたいだ。うっかり口に出てしまったとはいえ、さっきは悪いことしたなぁ〜......。


 私は深呼吸をして、気持ちをしっかり切り替えてから真剣な表情でエルザを見つめた。


「もちろん。どうしたの?」


「本当に私たちを陛下に引き渡さなくてよかったんですか? 仕事だったとはいえ、私は貴女を殺すつもりだったんですよ?」


「そうみたいだね。正直あまり実感が湧かないけど。……って、エルザさんならその理由はもう分かってるよね?」


「はい。私は実際にミーア様とお会いしたので……」


 そう言うと、エルザさんは自身の首元につけられた首輪をそっと撫でた。


「うん……。まあだからかな? どこか他人事に感じちゃって、今回の件でエルザさんをどうこうする気にはなれないんだよね」


 私の横でシィーが呆れたように「はぁ……」っと溜息をついた。


 私は気にせず話を続ける。


「本音を言えば、エルザさんさえよければ引き続き私の執事として働いてほしいなぁって思ってるぐらいだよ!」


「チカ様……」


「あっ、もちろんどうしても嫌だっていうなら無理強いはしないよ? その首輪も私なら外せると思うし」


 改変を使えば奴隷の首輪の材質を変えるなり、効果を追加するなり、やりようはいくらでもあるしね。……ん? もしかして、もうひとりの私はそのために名前に強固とか、オリハルコンとかをつけなかったのかな?


 みんなの話を聞いた感じだと、てっきりもうひとりの私は感情的で考えなしの性格なんだとばかり思ってたけど、そうではないのかもしれない。


 エルザさんは口元に手を添えて、しばしの間、思考を巡らせた後、首を横に振った。


「……いえ。謹んでお受けいたします。首輪もこのままで結構です」


「よかったー!」


「……まだ死にたくはありませんからね」


「えっ?」


「いえ、こちらの話です」


 ふぅ……。とりあえずこれで今度こそ私だけの優秀な執事さんを手に入れたぞっ! あとはさっきからずーっと気になってるあの人に話を聞くだけだ。


 私はマリーちゃんと楽しげに話す、遊ぶ者ことマサキさんに視線を向けた。

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