第111話 阿鼻叫喚の夜①

 夜も更けて、白く輝く満月が王都を明るく照らす頃。


 王都中央にあるアルバート公爵邸から雷鳴と破壊音が響き渡り、悲鳴と高笑いが木霊した。


 突然の襲撃を受けて、勇敢に職務を全うしようとする者、身の危険を感じ早々に屋敷から逃げ出す者と、屋敷にいた者達の行動は様々だ。


 そんな中、当主のアルバート公爵は家族と共に自室に避難していた。近くには何名かの側近と護衛として雇っている高ランク冒険者が4人。


「お父様……」


「大丈夫だよ。アメリア。悪い人はすぐに捕まるからね」


 アルバート公爵は不安そうに見つめる我が子の頭を優しく撫でた後、側近達の方へ顔を向ける。


「襲撃者の身元は分かっているのか?」


「わかりませぬ……。なにせ突然の襲撃。動機も目的も不明です」


「ふむ……。では救援の件はどうなっている?」


「王城に救援の要請を出してはいます。しかし……」


 側近の男は窓の方へ視線を向けた。窓の外にはまばゆい光を放つ光の壁が、窓一面に広がっていた。


「ちっ! 一体どうなっている。 あれは一体なんなんだっ!!」


「わかりません。あんなもの見たことも聞いたこともございません……」


 アルバート公爵が苛立ちからテーブルに両手を強く叩きつけた。次の瞬間。雷鳴が鳴り響き、部屋の扉が木っ端微塵に破壊された。


「きゃあああああ──ッ!!」


「くっ! ここまで侵入を許すとは……。護衛の兵士達は何をしている!!」



 木片が飛び散り、焦げ臭いニオイと煙りが辺りを包み込んでいく中。アルバート公爵は煙の中に可愛らしい猫の服を着たひとりの少女の姿をみた。


 少女はアルバート公爵と目が合うと、微笑みながら落ち着いた口調で話しかけた。


「みーつけた。貴方がアルバート公爵ね?」


「だ、誰だ貴様はっ! アルバート公爵様に無礼であろう!」


 冒険者の男が少女に向かって怒声を上げる。後方にいた女性冒険者のふたりも慌てて少女に向かって武器を構えた。


「ふははははっ!! なんだ急に黙り込んで……。怯えているのか? 少しは腕に覚えがあるようだが相手が悪かったな? Aランクパーティーの俺たちが護衛についてるとは思いもしなかっただろ?」


 ニヤニヤしながらゆっくりと武器を構える冒険者の男。


 少女はゴミをみるような目で冒険者の男を見つめると、言葉を交わすこともなく漆黒の槍を冒険者の男の横っ腹に叩きつけ、軽々と振り抜いた。


「ぐげっ!?」


 冒険者の男は情けない声を上げながら、凄い勢いで壁に叩きつけられた。


「ぷっ! あははははは──ッ!! 無礼なのはお前だ。この雑魚がッ! 私に気安く話しかけてんじゃねぇよっ!!」


 先ほどまでの落ち着いた口調がまるで嘘だったかのような、少女の豹変ぶりに、室内がしんと静まり返る。


「あの黒い猫の格好……。まさか。ゆ、愉悦……?」


「ひっ……! レオン達の両手足を奪ったっていうあの噂の……?」


 静観していた冒険者の男が震えた声でそう呟くと、後方にいたふたりの女性冒険者は、青ざめた顔でガタガタと身体を震わせながら、その場にへたり込んだ。


 冒険者達の話を聞いていたアルバート公爵は、王城からの指示でチカという冒険者にメイドや執事を手配したことを思い出した。


 ──社交界でも冒険者ごときになぜ陛下はあんな屋敷を下賜するのかと疑問視する声は上がっていたが。まさかここまで化け物じみた強さを持っているとは……。


 アルバート公爵は恐怖で喉を震わせながら少女に向かって話しかけた。


「ど、どうしてこんな事を……。私がいったい何をしたって言うんだ……?」


「貴方の手配した執事に暗殺者が紛れ込んでいたわよ?」


「なんだと!?」


「私はただ責任を取ってもらおうと思っただけ」


「ち、違う!! 俺はそんな指示だしていない! 本当だっ!」


「そうみたいね。屋敷を丸ごと破壊しなくて本当に良かったわ」


 そう言うと、少女はアルバート公爵の側近のひとりに槍を向けた。


「……貴方の仕業ね?」


「違う! 私じゃないっ!! そんなこと私は知らない!!」


 側近の男が必死に否定するのを見て、少女は口元をニヤリと歪ませると、漆黒の刃から真っ白な閃光と稲妻を纏った光線が放たれた。


「ぎゃあああああっ!! 私の手があああああ!」


「あははははっ!! さあ、次は足とサヨナラしましょうね?」


「や、やめ……てくれ。ハアハア……。わ、分かった。全部話す……。だから……」


「あー。それはもういいの。全部分かったから。伯爵家からお金を渡されて頼まれたんでしょ?」


「な、なぜ……。それを……」


「さあっ! 続きをはじめましょうか♪」


「ま、待って……。もう……やめて……くれ。た、頼む。なんでもする……。だ、だから……」


 涙とよだれで顔をぐちゃぐちゃにしながら、懇願するように少女の足先に擦り寄る側近の男。


 少女は不快感を露わにして側近の男を蹴り飛ばすと、氷のように冷たい口調で呟いた。


「穢らわしい……。私に触れるな」


「ぎゃあああああ──ッ!! 足がああああああ! 私のあしいいい──ッ!!」


「あはははは──ッ!! ほらほら、もう片方の足ともサヨナラしましょうね?」


「もう…….やめ……。ぎゅうあああああ──ッ!! ゆ……るし……てぇ」


「あはははは──ッ!! この子に危害を加えようとしたんだもの。許すわけないでしょ?」


 側近の男の絶叫と少女の高笑いが部屋中に響き渡った。


 そのあまりに凄惨たる光景に、部屋にいた全ての人間が言葉を失い、恐怖で身体を震わせることしかできなかった。

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