第112話 阿鼻叫喚の夜②

 一方その頃。兵士に扮して潜入していた黄昏のメンバー達は、身の危険を感じて早々に屋敷の外へ脱出していた。


 庭園を風のように駆け抜け、屋敷の門に差し掛かったところで彼等の足が止まる。


「なんだよこれ……」


「嘘でしょ……?」


 彼等の眼前に広がるのは、白銀の光の壁。

 それは高熱と光の粒子を撒き散らしながら地上から遥か上空へと立ち昇っていた。


「ははは……。こんなのどうしろって言うんだよ……」


 あまりに現実離れした光景を前に、幾人かの口から乾いた笑みが漏れる。


「くっ……! 公爵邸への襲撃といい、一体何がどうなっている? おいっ!! 誰か敵の姿を見た奴はいないのか!?」


 そう言って、隻眼の男が周囲の仲間達を見渡そうとした次の瞬間、後方から雷鳴が鳴り響いた。


 直後、破壊音と甲高い悲鳴が黄昏のメンバー達がいる庭園まで響き渡る。


「ひぃっ!?」


「なんだよっ! 今の悲鳴は!?」



 恐怖と焦燥感に駆られどよめく黄昏のメンバー達。


 そこに追い討ちをかけるように屋敷の方角から断末魔のような絶叫が聞こえてくる。


「お、お前ら冷静になれ!! 俺の質問に答えろ! 誰も襲撃者の姿をみていないのか!」


「わ、わたし見ました……」


 犬人族の女性は耳と尻尾をペタンと垂らして、震えながら手を挙げた。


「どんな奴らだっ!! もしや魔族か?」


 犬人族の女性は何度も首を横に振る。


「や、奴らじゃありません。襲撃してきたのはたったひとりの女の子です……」


「女の子だと……? 馬鹿な……。 護衛の兵士がいったい何人いたと思ってるんだっ! 子供ひとりでどうこうなる数じゃないぞ!?」


「で、でも本当なんです! わたし見たんです! 黒い槍を持った女の子が護衛の兵士をなぎ倒していくところを! まるでおもちゃで遊んでる子供みたいに、楽しそうに笑いなが……。ひっ……!!」


 犬人族の女性は目を大きく見開くと、顔を青ざめながら小さく悲鳴を上げた。


 彼女の尋常じゃない怯えように、慌てて隻眼の男も犬人族の女性が見てる方向に顔を向ける。


「みぃ〜つけた……」


 その視線の先には、屋敷の方角からこちらに向かって悠然と歩いてくるひとりの少女の姿があった。


「チィッ!」


 緊張感の欠片もないその姿に、得体のしれない不気味さを感じながらも、隻眼の男は隠し持っていた二本の短剣を少女に向かって素早く射出した。


 他のメンバー達もハッと我に返ると、少し遅れて魔法と短剣を放つ。


 少女に向かって放たれた無数の短剣が多方面から雨のように降り注ぎ、渦巻く炎と荒れ狂う風の刃があわさり、燃え盛る暴風となって周囲一帯を焼き払う。



「や、やったか……?」


「えぇ。おそらくね。……っと言うか、これでもし生きてたら人間じゃないわよ」


「さすがリーダー! 見事な奇襲でしたっ!」


 仲間達の安堵の声を聞いて、犬人族の女性はホッと胸を撫で下ろすと、逃走経路を確認しようと屋敷の外へ視線を送る。


 直後、彼女に戦慄が走る。

 

「あっ……。あぅ……そ、そんな……うそ……? な、なんで? ど、どうしてまだ消えてないの……?」


 消えることなく眼前に広がる白銀の光の壁。

 それは術者が未だ健在であることを示していた。


 犬人族の女性が慌てて視線を戻す。


「隊長ッ!! 気をつけてください! ま、まだ光の壁が消えてません!」


「なにっ!? そんな馬鹿なっ!」


 土埃と噴煙で濛々とする中、少女の高笑いが周囲に響き渡った。


「あははははっ!! あまり笑わせないでくれる? この程度で私をやれるわけないじゃないっ!!」


 その場にいた全員の瞳が絶望の色に染まり、あまりの恐怖に言葉を失った。


 しばしの静寂が周囲を支配する。


「臆するなッ!! 敵はたったひとりだぞ!? 攻撃を続けるんだっ!」


 隻眼の男は険しい顔で叱咤の声を上げると、魔法を放とうと少女に向かって両手を前に突きだした。


 次の瞬間。黄昏のメンバー達の両手足と首元がまばゆい光に包まれた。


「きゃっ!?」


「ぐわああああ!? なんだこれは!? て、手足が……お、重い……!?」


 犬人族の女性は震えながら自分の手足に視線を送る。


「こ、これは腕輪……? あああああっ!? あ、足にも……」


(うぅっー!! ダ、ダメだ……。重くて腕が上がらない。あ、足も動かないっ!? このままじゃ……)


「……やだ。やだやだやだやだっ!! 私はまだ死にたくないっ!!」


 犬人族の女性が絶望の声を上げる一方で、槍を持った少女はゆっくりと隻眼の男に近づいていく。


 少女は隻眼の男の前までくると、ニヤニヤしながら隻眼の男の顔を覗き込んだ。


「……ぷぷっ。どうしたの? 攻撃しないの?」


「うぐぐっ……! お前…….。俺たちに一体何をした……? この腕輪と足枷はなんだっ!?」


「ぷぷっ。私からのプレゼント♪ ひとつ100kgぐらいあるからいい訓練になるでしょ?」


「なっ!? ……くそっ! こんなものおおおおッ!!」


「あー、壊そうとしても無駄だからね? そ、れ、にぃ〜。…….全員黙ってわたしに跪けっ!!」


 ニヤニヤしながら少女がそう言うと、黄昏のメンバー全員が少女に跪き、目を大きく見開いた。


「「「 !?!? 」」」


 己の意識とは無関係に身体を動かされた。


 その事実に気づき、驚愕、後悔、底知れない恐怖感。様々な感情が彼等の脳内を駆け巡る。


「ふふっ。自分たちの立場を理解してくれたみたいで嬉しいわ。さてと。…….お前達にはどうやって償ってもらおうかしら? アジトにいた他の奴ら同様消し去るか。それとも…….。あらっ?」


「ひぃっ!?」


 少女は涙目でガタガタと震える犬人族の女性の前までくると、少し考えてから、ニッコリと微笑んだ。

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