第109話 屋敷での初めての夜
屋敷の扉を開けて中に入ると、メリィちゃんが冒険者達を集めてなにか話している声が聞こえてきた。
「みんなご苦労様! よくやってくれたのニャ! おかげで引っ越し作業も無事終わったのニャ!」
ちょうど引っ越し作業が終わったところみたいだ。
「チカさん! お帰りなさいませ! お勤めご苦労様です!!」
男の人の声? 執事さんかな?
声がした方へ顔を向けると、顔を腫らしたおじさんが立っていた。
えっ、このおじさん誰だっけ? ──あっ! 思い出した。このおじさん。アージェさんに連れていかれた冒険者だ!
まるで別人みたいじゃん! 分からないはずだよ!
ピシッと背筋を伸ばして直立不動の冒険者のおじさん。
ここまで変わるなんて......。アージェさんは一体なにをしたんだろう。
「チカさーん! お帰りなさい! 戻ってたんですね!」
でたな! アージェさん!
「ただいま。いまちょうど帰ってきたところだよ」
「そうでしたか! そうだ。食事の時は大変失礼しました」
「ううん。気にしないで。私のためにありがとね?」
「いえ、そんな......」
顔を赤らめてうつむくアージェさん。
「それよりこの冒険者のおじさんのことだけど──」
「またコイツが何かチカさんに失礼なことをしましたか?」
「──ッ!?」
冒険者のおじさんはビクッ!っと肩を震わせると、潤んだ瞳で私を見つめている。
そんな子猫みたいな潤んだ瞳で私を見つめないでほしい。 分かったよ! 今回はちゃんと止めるから!
私が冒険者のおじさんとアイコンタクトをしていると、アージェさんが鋭い目つきで冒険者のおじさんを睨みつけた。
「貴様......。まだ分かっていなかったのか?」
「違う違う!! そうじゃなくてずいぶん変わったなぁーって思っただけだから!!」
「なんだそうでしたか! えぇ、お話し合いをしたらコイツも分かってくれました! もう2度とチカさんに失礼なことは言わないでしょう! そうだよな?」
「はいっ!! チカさんは偉大な冒険者です! 先程はすいませんでした!」
──アージェさん。お話し合いで顔は腫れないんだよ?
アージェさんは冒険者のおじさんの様子を見て、満足げにニッコリと微笑んだ。
うわっ。アージェさんの笑顔をみた、冒険者のおじさんの顔が引きつってる。笑顔だけで屈強な冒険者を怯えさせるなんて......。
──アージェさん恐ろしい子。
◆◇◆◇
引っ越しも終わって早めの夕食を楽しんだ後、メリィちゃんと一緒にお見合いパーティーについて話し合った。
といっても事業運営のことはよく分からないので、そのへんはメリィちゃん任せなところがあるんだけどね。
私はお見合いパーティーやマリッジコンサルタントという職業について、メリィちゃんに知ってることを全て話した。
「にゃるほどニャー。 相談所は連盟に顧客を共有してもらう代わりに、連盟に登録料を払うと。そういうことかニャ?」
「うん。確かそんな仕組みだった気がする」
「ふむ。儲かりそうな仕組みだニャー」
「ほんと? この世界でもできるかな?」
「もちろんニャ! 上手くいけば大事業になるのニャ!」
「おーっ!」
「それで儲けの割合の件なんだけどニャ」
「あっ、それは迷惑じゃなければメリィちゃんに任せるよ!」
「えっ!? 私は別にかまわないけど......。チカはそれで本当にいいのかニャ?」
「うん。メリィちゃんを信頼してるしね」
「チカ......。ありがとニャ! 絶対に成功させてみせるのニャ!」
「うん! 一緒に頑張ろ! 私にも何かできることがあったら言ってね? あっ、そういえばメイドさんや執事さんの給金ってこれで足りるかな?」
「当たり前ニャ! なんでそんなこと──。
あっ、そっか。チカは別の世界の出身だったニャ......」
「うん。だから色々と分からない事が多くて困ってるんだよね」
「それは大変だにゃー。んー......。よし! チカさえよければ、この屋敷の管理、私が代わりにやってあげてもいいのニャ!」
「えっ! 本当に!?」
「もちろんだニャ! 私に全部任せておくニャ!」
「メリィちゃん、ありがとう! 凄く助かるよ!」
「気にしないでいいのニャ! チカと私達の仲ニャ!」
ほんとメリィちゃんには、この世界に来てからお世話になりっぱなしだ。今度なにかプレゼントしてあげたいなぁー。そうだ、後でマリーちゃんに相談してみようかな?
しばらくメリィちゃんと今後の方針などを相談した後、私はメリィちゃんの部屋をでて、真っ直ぐお風呂に向かうことにした。
脱衣所で猫耳パーカーを脱いで、お風呂に続く扉をあける。
熱気と湯気が漂う広々とした豪華絢爛なお風呂。まるで映画にでてくるお金持ちのお風呂みたいだ。なんていたって魔道具で作られたサウナや、口からお湯を吹きだす虎みたいな彫刻まであるからね!
私はシャワーで身体を綺麗に洗い流してからお風呂に入った。
うん。お湯の温度もちょうどいい! 熱いお風呂は苦手だからすごく助かる。
私はお風呂の内壁にもたれかかりながら、足をグーっと伸ばして、目を閉じた。
はぁ......。気持ちいぃー。ミリアーヌさんに草原へ放り出された時は、こんなお風呂のついた屋敷に住むことになるなんて、想像もしてなかったよ......。人生なにが起こるか分からないもんだ。
この世界に来た頃を思いだして感慨に浸りながらウトウトしていると、不意に背後から声をかけられた。
「チカ様。湯のお加減はいかがですか?」
「もぉー。最高ー......」
「そうですか。それならよかったです」
「────えっ?」
慌てて振り返ると、メイド服を着たマリアさんが澄まし顔で静かにたたずんでいた。
「──マリアさん。どうしてここに......?」
「お構いなく」
「それになんでお風呂でメイド服を......?」
「お構いなく」
「いや気にするよ!!」
今までお風呂の中で待機なんてしてなかったじゃん!! さすがにこれはやめてもらおう。全然リラックスできないし。
「ねえ、マリアさん。悪いんだけど1人にしてもらえる?」
「それはできかねます」
「なんでよ!?」
私の質問に満面の笑顔で答えるマリアさん。
どうやら言葉で返すつもりはないらしい。後でメリィちゃんかジョンさんにやめてもらうように言わないとダメかぁー。でも急にどうしたんだろう? 今まではお願いしたら聞いてくれてたのになぁ。
まさかマリアさんも反抗期......? いやまさかね。シィーじゃあるまいし。
見られてるみたいで落ち着かないので、私は早々にお風呂をでて自室に戻ってきた。
はぁー。なんだか今日は精神的に疲れる日だったなあ......。
私は明かりを消してベットに飛び込んだ。
魔道具から吹きでるヒンヤリとした風を肌に感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
マリーちゃんが作ってくれたこの新しいベット。フカフカで凄く寝心地がいい。これなら朝までぐっすり寝れそうだ。
ありがとう。マリーちゃん......。
◆◇◆◇
──王都から灯りが消えて、屋敷が静寂に包まれた頃。黒い影が目の前の扉を静かに開いた。
黒い装束衣装を身に纏ったその影は、ネコの家具に囲まれて、気持ちよさそうに寝息をたてる1人の少女を見据えながら、腕を軽く振り、袖に忍ばせておいた短剣を取りだすと右手で強く握り締めた。
「こんな夜更けにチカ様になんの御用ですかな? ──
「──ッ!?」
殺意のこもったその声に、動揺と驚きは感じながら、エルザは声がした方へ振り返った。
ジョンは剣を構えると、鋭い目つきでエルザを睨みつけた。
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