第99話 すっかり忘れてたよ。

 翌朝。

 お世話になったティターニア様にお礼を言って、私達は王都に戻ってきた。


 さすがに数日が経っているので、王都はもとの平穏を取り戻しているようだった。


 変わったことがあるとしたら、チラチラと視線は感じることぐらいかな? もうこんなの慣れっこだし、気にしても仕方ないんだけどね。


「わーっ! 人間がたくさんいるのです!」

「フィーちゃん。しぃー!」

「わわっ。ごめんなのです。初めて妖精の里から出たから、舞い上がっちゃったのです」

「ん。気持ちは分かる。あとでゆっくり見てまわろ?」

「やったのです! 楽しみなのです!」


 2人の微笑ましいやり取りを眺めながら、王都を歩いていると、遠くに私たちの拠点が見えてきた。


 ──そういえば婚活パーティの件は、どうなったんだろう? 帰ったらメリィちゃんに進捗を聞かないとなあー。



 婚活パーティのことを考えながら拠点の扉を開くと、メリィちゃんがすごい剣幕で私に詰め寄ってきた。


「いったいどこに行ってたのニャッ!!」

「わわっ!!」

「私がどんな想いで、いままで待ってたと思ってるのニャ!!」

「く、苦しいよ。メリィちゃん」


 メリィはチカの襟首を掴むと、顔を真っ赤にしてユサユサと激しくチカを揺らした。


 ──そ、そういえばメリィちゃんに何も言ってなかったや。というか。締め付けがだんだん強く.......。


「お姉ちゃん。ただいま」

「マリー! 心配したのニャ! いったいどこに行ってたのニャ?」

「ん。妖精の里に行ってきた。どうしても我慢出来なかったの。ごめんね?」

「なるほどニャ。それなら仕方ないニャ! それで? 楽しかったかニャ?」

「ん。すごく楽しかった」

「ニャハハッ! それならよかったのニャ! でも今度からは、ちゃんと私に言ってから出かけてほしいのニャ!」

「ん! 分かった」


 メリィは優しく微笑むと、頷くマリーの頭を左手で優しく撫でた。


 2人の様子を眺めながら、シィーは呆れ顔でメリィの右肩をトントンっと叩いた。


「どうしたのニャ?」

「メリィ。そろそろ右手を離してあげたほうがいいと思うの。ほら、チカの顔が真っ青になってるの」

「あっ!!」


 メリィが手を離すと、チカはそのままフラリと仰向けに倒れたそうになったので、慌ててマリーが間に入り、チカを支える。


「チカっ!? 大丈夫!? 」

「うぅ............」

「チカー? しっかりするの! おーい」


 シィーはチカの頬をペチペチ叩くと、反応がないチカの様子を見て、首を横に振った。


「あー。これはダメそうなの......。完全に気を失ってるの」

「あわわっ!! ジョン爺!! すぐに回復ポーションを持ってくるのニャ!!」

「か、かしこまりました!!」



 マリーの肩に座っていたフィーは、顔を青ざめながらポツリと呟いた。


「あわわ。人間の街......。やっぱり恐ろしいところなのです......」



 ◆◇◆◇


 爽やかで心地いい風を肌に感じながら、私はテーブルに並べられたケーキをフォークで口元に運んだ。


 口の中に、フワッと広がる甘みと果物の風味を味わいながら、ゆっくり飲み込む。


「んーっ!! やっぱりここのケーキすごく美味しいよねー!」

「ふふっ。 気に入ってくれたみたいでよかったの!」

「また一緒に──」



 ──カ......。チ......。カ......。チカー!!



「わっ!!」


 大きな声に驚いて目を開けると、シィーが覗き込むように私の瞳を見つめていた。


「ここは......?」

「拠点の部屋にあるベットの上なの!」

「ベットの上? あっ......」


 ──そうか。私メリィちゃんに首を締められて気を失ってたのか......。


「思い出したみたいでよかったの! なんか寝ながらニヤニヤしてたから心配しちゃったの! 楽しい夢でも見てたの?」

「いや......。その。シィーと一緒にケーキを食べる夢を見てました......」

「はぁー? チカはどんだけケーキが好きなの? 食いしん坊にもほどがあるの!」

「うぐっ......」



 チカはベットから起き上がると、窓から外を眺めた。


 夕日に照らされた王都の建物が、綺麗なオレンジに色づいている。


「もう夕方? けっこう長い時間寝てた?」

「そうなの! だから見にきたの!」

「そっか。あっ、みんなは?」

「マリーとフィルネシアは街を観光しに出掛けたの! メリィは商業ギルドで、ジョンとマリアは下にいるの! あとは──」


 シィーの話を聞いていると、突然ドアからガチャッと扉を開くときの音が鳴った。


 アージェさんだ。


 アージェさんはベットにいる私と目が合うと、突然走りだし、私の胸の中に飛び込んできた。


「チカさん!! 目を覚まされたんですね──ッ!!」

「わっ! ちょっとアージェさん!?」

「ぐすっ。ひどいじゃないですか!! 私だけ置いていくなんてぇ!!」

「あー......」


 ──すっかり忘れてた。なんて言える雰囲気じゃないよね......。困ったなぁー。アージェさん泣いちゃってるよ......。


「ぐすっ。今までどこに行ってたんですか!? 私が一体どんな想いでいたのか分かりますか!?」


「えーと......」



 チカは困り顔で頭を掻きながら、助けを求めるように周囲に視線を送り、シィーの姿を探した。


 ──いない!? さっきまでいたじゃん! 一体どこに......。あっ!!


 シィーはチカの視線に気がつくと、窓の外からニッコリ笑顔でチカに向かって手を振った。


「ちょっ!!」


 チカがシィーの名前を呼ぼうと言葉を発した瞬間、シィーはチカの言葉を無視して、街の方へ飛んでいった。


 ──シィーのやつ!! 逃げやがった!!


「チカさん!? 私の話聞いてますか!? ちゃんとこっちを向いてください!!」


「はいっ!! 聞いてます!」



 チカがアージェから解放されたのは、それから2時間後のことだった......。

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