第98話 フィルネシア

 フィルネシアは幼い頃から姉のシィルフィリアが大好きな妖精だった。


 特に秀でた才能もない。ありふれた妖精。


 ──そのはずだった。


 あの日、あの森で彼女と出逢うまでは......。



 彼女は言った。貴女の大好きなお姉さんは近い将来、命を危険に晒すことになると......。


 彼女は言った。私なら貴女に姉を救う力を与えることができると......。


 彼女は言った。このことは誰にも話してはいけない。話せば力は使えなくなるよと......。



『マインド・リーディング』


 家族にも隠してきた、私のスキルの名前。


 本来魔力のない私達妖精はスキルや魔法を使うことができない。しかしこのスキルは魔力ではなく精霊力で使うことができた。



 ──あれから私の生活は一変した。



 シィルフィリアちゃんは私に言った。


「フィルネシア!? どうしてここに? 誰にも場所を言ってないのに、なんで分かったの!?」

「バレバレなのです! 他の人に聞いたり、普段のシィルフィリアちゃんの行動を見てれば、すぐ分かるのです!」」

「うぎぎっ......」


 ──嘘だ。私はシィルフィリアちゃんが、どこに行くのか



 シィルフィリアちゃんは私に言った。


「ぎゃああああ!! なんでいるの!? 私についてこないでほしいの! フィルネシアはもっと友人と親睦を深めたほうがいいと思うの!」

「親睦を深める必要なんてないのです! 私はシィルフィリアちゃんがいてくれたら、それでいいのです!」

「私がよくねえの! いいからほっといてほしいの!」


 ──そんなことできるわけがない。お姉ちゃんが死んでしまうから。


 私は


 大好きな姉に疎まれていることを......。


 相手に触れる。たったそれだけで相手の考えが分かってしまうから。


 知りたいことも、知りたくないことも関係なく全部だ。



──まるで呪いのように、常に発動を続けるこのスキルの止め方を、私は知らない。



 ◆◇◆◇



「私もお姉ちゃんと離れたくない。両親が殺されて、世界にたった1人しかいない私の大事な家族だから......。だからフィーちゃんの気持ち少し分かる。──ひとりぼっちは辛いよね?」


 マリーという人間がそう言った瞬間。私に流れ込んでくる彼女の記憶の断片と彼女の温かい想い。


 私の瞳から自然と涙がこぼれた。


 ──この人間は私の思惑に気づいていながら、私の気持ちを理解しようとしてくれた。心優しいこの人間となら......。いや。マリーちゃんとなら、私も契約ができるかもしれない。



「マリーちゃん。大事なお話があるのです」

「ん? なに?」


「私と契約を交わしてほしいのです」


「私でいいの?」


「正直に言うのです......。私はシィルフィリアちゃんが心配なだけなのです。──だ、だけど私に協力してくれるなら、私もマリーちゃんの力になるのです。あの。そ、それでもよければ、私と契約を交わしてほしいのです......」


 上手く伝えることができない自分自身に苛立ちを感じながらも、フィルネシアは必死に言葉を紡ぎ、両手を前に差しだした。


 そんなフィルネシアを見つめながら、マリーは微笑むと、差しだされた小さな両手を、自身の両手で優しく包み込んだ。


「ん。分かった。協力する。私もチカが心配」

「ありがとなのです。──マリーちゃんと契約を交わすことを、妖精女王のティターニアに誓うのです」


 まばゆい光が周囲を包み込んでいく中、マリーとフィルネシアは見つめ合い、ニッコリと微笑み合った。


「これからよろしくね。フィーちゃん」

「こちらこそなのです! マリーちゃん!」



 ──城に戻ってきたマリーの手のひらを見て、シィーが口を大きく開けて、驚愕の表情を浮かべたのは言うまでもない。



 ◆◇◆◇


「ふーん。確かにマリーちゃんの契約は、シィーのせいじゃなさそうだね。けどさ......」


 チカはソファーに座りながら、テーブルに肘をつき、不機嫌そうに手のひらに顎をのせた。


 ビクっとシィーの肩が震える。


「シィー。私が起きるの分かってて、ゲームパーティー開催したよね?」


「いや、そ、それはその......」


「ちょっとこっちにきてくれない? 私と2人でゆっくりお話し合いしよっか......」


「ひぃっ!! マ、マリー!! 昨日買ってきたアレをテーブルに出してほしいのっ!! はやくっ!!」


「ん。りょーかい」


「アレ? 一体なにを買ってきたの?」


「ん。チカの大好きなもの」


 そう言うと、マリーちゃんは猫耳パーカーのポケットから、綺麗に包装された大きめの箱を取り出すと、私に差し出してきた。


「開けていいの?」

「もちろんなの! っと言うか、早く開けて中を見てほしいの!!」


 私が包装紙を破いて箱を開けると、ほのかに甘いニオイが漂ってきた。


「おおおおおっ!!」


 生クリームの上に、色鮮やかな果物がたくさんのったホールケーキだ!!


「妖精の里でしかとれない果物を使った特別なケーキなの!! 勇者様から大好評だったらしいから、きっとチカも気にいるの! ──だから、その。お話し合いは......」


「もぅ♪ 今回だけだからね? 次はちゃんと相談してよ?」


「りょうかいなの!」


「じゃあみんなで食べよっか♪ すぐ切り分けちゃうね♪」



 ──ニコニコしながらケーキを切り分けるチカを見つめながら、シィーは、ほっと胸を撫で下ろし、ケーキを持ち歩く方法がないかあとで絶対マリーに相談しようと心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る