第97話 自由をかけた姉妹の攻防
見つめ合うマリーとフィルネシア。
視線を交わす二人の様子をみて、シィーは嫌な胸騒ぎを感じていた。
──すごく嫌な予感がするの!
鼓動が高鳴るのを感じつつ、気ままなで自由な生活を死守するために、シィーは瞳を閉じて気持ちを落ち着かせながら、必死で思考を巡らせた。
フィルネシアは昔から泣き虫で、精霊魔法のコントロールも私に比べればまだまだ未熟だ。だけど頭はいい。黙って出かけても、嘘をついて出かけても、すぐに私を見つけだして泣きついてきた。
さすがに人間の街にきてまで、私を探すようなことはしなかったから安心してたのに......。
──絶対に妖精の里からフィルネシアを出すわけにはいかないの。私のために! まずはマリーと引き離すことが先決なの!
シィーが平静を取り戻し、瞳を開けて、視線をマリーに戻すと、マリーの肩に座ったフィルネシアがニンマリと邪悪な笑みを浮かべてシィーを見つめていた。
「──ッ!!」
おもわずシィーの顔がひきつる。
──シィーの考えていた時間は、ほんの僅かな時間だった。しかし、フィルネシアがマリーの同情を引くには十分すぎる時間だった。
「シィーちゃん。フィーちゃんがかわいそう。チカを説得するいい方法はない?」
──もう呼び方まで変わってるの! 相変わらず、フィルネシアはコミュ力お化けなの!
「そ、そんなこと言われてもチカを説得するのは難しいの! マリーも分かってるはずなの!」
「ん......。でもフィーちゃんをほっとけない」
「あきらめるしかないの!」
「契約しないでシィーちゃんについていくのはダメなの?」
「ダメなの! 契約なしで長期間、妖精の里から離れるのはティターニア様が禁止してるの!」
「それに契約するには信頼関係が重要なの! 一方的に信頼して契約を交わそうとしてもうまくいかないの! フィルネシアも知ってるはずなの!」
「うぅ。そんなの分かってるのです。でもシィルフィリアちゃんは、何か隠し事をしてるに違いないのです」
「そんなものないの! 私とチカは信頼関係という固い絆で結ばれてるの!」
──しししっ! 方法はあるけど絶対に教えねえのっ!! まあ、フィルネシアの精霊力じゃ仮に教えても上手くいかないけど、念には念を入れるの!
シィーは思わず口元が緩んでしまいそうになったが、ぐっと我慢した。
「さっ! マリーもあきらめて早く帰るの! だいたい、どうして今日初めて会ったばかりのフィルネシアにそこまで協力的なの?」
「ん。私と似てるから......」
「「似てる?」」
マリーはコクリと頷く。
「私もお姉ちゃんと離れたくない。両親が殺されて、世界にたった1人しかいない私の大事な家族だから......。だからフィーちゃんの気持ち少し分かる。──ひとりぼっちは辛いよね?」
フィルネシアは大きく目を見開いた。
マリーはさらに言葉を続ける。
「だから力になりたかったの。フィーちゃん、役に立てなくてごめんね」
マリーは申し訳なさそうに瞳を伏せた。
──マリーは気づいていた。フィルネシアが同情を引いて自分を利用しようとしていたことも、シィーに向けて邪悪な笑みを浮かべていたことも。
『ひとりぼっちは嫌なのです......』
フィルネシアが何気なく言ったあの言葉。メリィを失いかけたマリーには、悲しそうにそう呟くフィルネシアを、ほっとくことなんてできなかった。
突然、フィルネシアの瞳から一筋の涙が頬を伝い、マリーの肩に落ちた。マリーは心配そうにフィルネシアを見つめる。
「フィーちゃん?」
「な、なんでもないのです」
「ん。ごめんね?」
「別にもういいのです! それに。マリーが悪いわけじゃないのです......」
シィーは2人の様子をジト目で見つめながら、ため息をついた。
──いや、私達のお父さんとお母さんは、ちゃんとまだ生きてるし、他の兄弟もいるからフィルネシアは全然ひとりぼっちじゃねえの。
とてもじゃないが、そんなこと言えるような雰囲気ではなかったので、シィーは口にはださず、胸の内に留めておいた。
「もう付き合ってられないの! マリー、早くこないと置いてくの!」
「ん。わかった。フィーちゃん、私いくね?」
「待ってほしいのです。もう少し私はマリーちゃんとお話がしたいのです」
「えっ? でも......」
マリーはシィーに視線を送る。
「はぁ......。じゃあフィルネシア! 話が終わったら、マリーをちゃんと城の客室まで案内するって約束するの! じゃないと許さないの!」
「わーい! 約束するのです!」
「シィーちゃん、ありがと」
「じゃあ私は先に戻ってるの!」
飛び立つ間際、マリーとフィルネシアが契約するかもという懸念が、シィーの頭の中をよぎるが、すぐに首を横に振って否定した。
── フィルネシアが他人を信頼したりするとは思えないの。コミュ力お化けなのに、信頼してるのはなぜか家族だけだったの。そんなフィルネシアが、他人を信頼して契約を結ぶことなんてできるわけないの。
シィーが見えなくなるのを確認してから、フィルネシアは真剣な口調でマリーに話しかけた。
「マリーちゃん。大事なお話があるのです」
「ん? なに?」
「私と契約を交わしてほしいのです」
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