第96話 交わされた視線

 妖精のレストランで、シィーとマリーが夕食を食べながら、過去の勇者の話で盛り上がっていると、遠くの方からシィーを呼ぶ声が聞こえてきた。


「シィルフィリアちゃん! やっと見つけたのです!!」

「ん? フィルネシア! 久しぶりなの!」

「久しぶりなの! じゃないのです!! 約束破るなんてあんまりなのです!」

「約束......?」

「わ、忘れてたのです......? そんな......」

「忘れたもなにも、そんなこと私は言われてないの!」

「なっ......!」


 ショックのあまりテーブルの上にへたり込むフィルネシア。


 気まずい沈黙が周囲に漂う。


「えーと......。シィーちゃん。お友達?」

「友達じゃないの。フィルネシアは──」


「ひぐっ......」


 フィルネシアが微かに言葉を発したか思うと、うつむいたままゆっくりと立ち上がった。


「はぁ......。マリー。いますぐ耳を塞ぐの」

「ん? どうして?」


 シィーはマリーに言葉をかけると、心底めんどくさそうな顔をして、自分の耳を塞いだ。


「びえええええん!! ぐすっ。私を置いてくなんてひどすぎるのです!! ひぐっ。うええええんっ!! お姉ちゃんのばかぁぁぁぁ!!」


 突然、周囲に響き渡るフィルネシアの大きな泣き声と暴風。マリーは突然の出来事に驚いて、反射的に身体を後ろに反らす。


「きゃっ!!」


 当然バランスを維持できるわけもなく、椅子からコロコロっと転げ落ちるマリー。


「はぁ......」


 シィーはため息をつくと、テーブルの上で泣き叫ぶフィルネシアを無視して、精霊魔法でマリーが使っていたコップを空中に浮かせ逆さにすると、フィルネシアを身体ごとコップの中に閉じ込めた。


「ぎゃあああああ!? 冷たいのです! 暗いのです! んっ! あ、あれ!? コップが動かないのです!!」 


「うるさいの! しばらくそこで大人しくしてるの!」



 マリーは地面に転がったまま、目をパチパチさせた。一方、シィーは虚ろな瞳でマリーを見つめると、そっとコップを指差した。


「私の妹のフィルネシアなの......」


「うぷっ! お姉ちゃん!? 中身が入ったままなの!! ぷはっ。溺れちゃうのです!! 早くだしてほしいのです!!」


 フィルネシアの悲鳴と、必死にコップを叩く音でマリーは我に返ると、ゆっくり立ち上がり、衣服についた土埃を綺麗に払った。


 衣服を整えたマリーは、テーブルに近づいていくと、シィーを見つめながら、


「シィーちゃん。だしてあげて?」

「えーっ! また騒ぎだすかもしれないの!」

「ねっ? お願い」

「んーっ!!」


 シィーは少し悩んで、


「はぁ......。分かったの」

「ん。ありがと」


 シィーが精霊魔法を解いた瞬間、コップは勢いよく宙を舞った。


「ふぅー。ありがとなのです! 人間なのに優しいのです! お姉ちゃんとは大違いなのです!」


「ちっ。やっぱりもう少し閉じ込めておけばよかったの」



 ◆◇◆◇


 マリーは風魔法でびちょびちょに濡れたフィルネシアの衣服や髪を乾かした後、やりきった顔で椅子に座った。


 フィルネシアが髪を整える姿を眺めながら、自分とお揃いの青い髪色に親近感を感じつつ、マリーは新たに頼んでおいた飲み物が入ったカップを手に取り、ゆっくりと口元に運んだ。


「シィーちゃん、かわいい妹さんだね」

「そんなことないの! うるさいだけなの!」

「ん? あまり仲良くないの?」

「そういうわけじゃないの。生まれてからずっとあれに付きまとわれたら、誰だって嫌になってくるの!」

「ずっと? ずっとってどのくらい?」

「だいたい100年ぐらいなの......。どこに行っても、何を言ってもついてくるし、すぐ泣くし。──私はもう疲れたの......」


 シィーの言葉に、フィルネシアはハッとして、シィーの方へ顔を向けた。


「そうだ! シィルフィリアちゃん! 聞いたのです! なに勝手に人間なんかと契約してるのです? 私そんな話聞いてないのです!」

「言う必要ないの!」

「そんなあんまりなのです! ずるいのです! そうだ、私も一緒に行くのです!」

「ぷぷっ! それは無理なの! チカが契約をするわけないの!」

「分からないのです! してくれるかもしれないのです」

「いーや。絶対にありえないの! 私がついていくって言った時も、嫌がってたぐらいなの!」


 ニヤけた顔で否定するシィーを見つめながら、フィルネシアは不思議そうに首をかしげた。


「そんな嫌がってる相手と、どうやって契約したのです?」

「そ、それは私の努力の成果なの!」

「ああああ──ッ!! シィルフィリアちゃんが、何か隠し事してるのです!」

「か、隠してないの! いいからフィルネシアは大人しく諦めるの!」

「うぅ......。そんなぁ......。ひとりぼっちは嫌なのです......」


 フィルネシアは瞳を潤ませながら、口を尖らせた。


 ──ふぅ。さすがのフィルネシアも諦めたみたいなの! ちょっと心が痛むけど、私の気ままで自由な生活のためなら仕方ないの!



「さてと♪ じゃあそろそろ私達はお城に帰るの! また妖精の里に来たら遊んであげるから、フィルネシアも元気にしてるの!」


 シィがそう言ってマリーに視線を送ると、マリーが心配そうにフィルネシアを見つめていることに気がついた。


 ──まずいの! マリーがフィルネシアにつくと面倒なことになるの!


「マ、マリー? チカがきっと寂しそうにマリーの帰りを待ってるの! だから早く帰るの!!」

「ん。でも......」


 フィルネシアは、姉の慌てた様子に疑問を感じつつ、マリーと呼ばれる人間の方へ顔を向けた。



 ──マリーが生涯を共にすることになるパートナーと、初めて視線を交わした瞬間だった。



 同じ青い髪、姉を想う心や行動力、泣き虫な性格、種族は違えど二人の共通点は意外に多く、親近感を感じたマリーが、その場から動くのを躊躇ってしまうのは無理もないことだった。


 無論、妹と距離をおきたかったシィーにとっては、最悪の出会いの瞬間なのは言うまでもない。

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