第91話 悲しい現実と決心
チカとティターニア達が会議室を出て行った後、シンフォニア陣営の間には、いまだヒリつような緊張感と重苦しい空気が漂っていた。
ギルド統括の立場にあるアーサーは、顎に手を当てて虚空を見つめながら、チカについて考えていた。
初めてニッケルの町でチカに出会った時は、可愛らしい猫の格好をした、Sランク相当の冒険者。その程度の認識だった。決して彼女の力と価値を、軽く見てたつもりはない。
だが実際はどうだ......?
大迷宮70階層にてブルードラゴンを討伐、Aランク冒険者2名を再起不能に追い込み、妖精の女王に多大な寵愛を受け、数百年前の勇者以上の力を、女神から授かっていた。
Sランク相当なんてとんでもない。
──存在自体が常軌を逸している。
あの憎めない性格と可愛らしい猫の格好のせいで、脅威が認識しづらいだけだ。チカがその気になれば、単独で王都を壊滅させることもできるだろう......。
ふと、アーサーは大迷宮から戻ってきたレオンが、虚な瞳で呟いていた内容を思い出した。
『あの女......。俺の手足を吹き飛ばした時、笑いやがった......。死ぬまで地べたを這いつくばって生きていけ。そう言って楽しそうに......。くそ、あの化け物め......』
あの時はレオンの妄言だと思っていたが......。
──もし本当のことだとしたら?
チカには裏の顔。非情で残虐な一面があるとしたら?
ティターニアの発した殺意と敵意により生まれた恐怖が、アーサーの思考を、より最悪な未来へと導いていく。
──もし。チカが我々に牙を向いたら......?
アーサーの背筋にゾクリと悪寒が走る。
「ハート女王陛下。お伝えしなければならないことが──」
誤解によるすれ違い。その結末はハートの判断に委ねられた。
◆◇◆◇
チカ達はギルドを出て、一度王都の拠点に戻ってきていた。
「ねえ、マリーちゃん。お願いだからそろそろ機嫌なおしてよ......」
「............」
マリーちゃんは帰ってきてからずっとこんな感じだ。
騒ぎを起こした理由、脱走した経緯、今まで妖精の里に行ってたこと。それらを話してから、一言も口を聞いてくれない。
ジョンさんが言うには、投獄された私達を助けるために、マリーちゃんとマサキさんは夜通し各所を巡ってくれてたらしい。
マサキさんとも、私が想像してたようなこと一切なく、買い物と景色を2人で見たぐらいだった。マサキさん疑ってごめんね?
「るぃ......」
「ん?」
「ずるい。私も妖精の里行きたかった」
「あー......。そうだよね。えーと......」
勝手に約束もできないチカは、困り顔でティターニア様の方へ顔を向けた。
「ん? チカちゃんの知り合いなら、私はかまいませんよ? これから行きますか?」
「疲れたから明日にしようかな」
「やった! チカ大好き」
「あれ? マサキさんの件とか、脱走した件は、もういいの?」
「ん。脱走はもう仕方ない。それに男が狼なのはこの世界でも一緒。心配してくれてありがと?」
「ううん。 きにしないで! 大事な友達だもん。当たり前じゃん」
「んっ。嬉しい」
──なんかずいぶんあっさりしてるなあ。てっきりいい感じになったのかと思ったのに。
「でもマサキさんは狼じゃない。次は邪魔しないでね?」
「う、うん」
──訂正。やっぱりいい感じらしい。
そういえば、この世界の恋愛ってどんな感じなんだろう? メリィちゃんの反応を見る限り、婚前交渉は良くないみたいだったよね?
「マサキさんとみた景色凄く綺麗だった。今度、チカやお姉ちゃんにも見せてあげるね?」
「それは楽しみだニャ! ふふふっ! これはマリーの婚約は案外早いかもしれないニャ」
「えっ!? さすがにまだ早くない?」
「何をいってるのニャ? この世界では、女性は15歳ー18歳で婚約するのが当たり前ニャ!」
「えっ......? あっ、一般的って意味か。少し早い気もするけど、それもいいのかもしれないね!」
チカがそう言うと、周囲は静寂に包まれた。どこか哀れむような視線に、チカは非常に嫌な予感がしたが、言葉に出すことができずにいた。
そんなチカの様子を見かねたように、シィーがチカの肩をポンポンと叩く。
「チカ......。現実を受け止めるの」
「な、なにが?」
「ふふふっ。そういえばカエデも嘆いてたわ。チカちゃんの世界の言葉で言うなら、行き遅れってやつみたいよ?」
「──だ、誰が?」
「チカちゃんがよ」
「チカだニャ」
「チカなの」
「チカ......」
「──決めた。わたし明日から婚活パーティーに参加するよ」
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