第92話 ティターニアと漆黒の槍

 チカの婚活パーティー参加の宣言に、全員が揃って首をかしげた。


「「「「コンカツパーティー?」」」」


 聴き慣れない言葉に、メリィは瞳をキラキラさせながら、興味深げにチカに問いかけた。


「コンカツパーティーってなんなのニャ?」

「まさかこの世界にはないの!?」

「はじめて聞く言葉だニャ! それでそれで? それはなにをするのニャ!」

「えっとね。結婚したい人をたくさん集めて、パーティを開くんだよ!」

「それはいいアイデアだニャ!!」

「でしょっ!? ──ん? アイデア?」


「ふむ......。そうなると問題は集客かニャ。場所は......。いや、そのまえに......。ジョン爺! いまから商業ギルドに行くからついてくるニャ!!」

「メリィお嬢様、かしこまりました」


「えっ? ちょっと! メリィちゃん!?」


 マリーとジョンは扉を開けると、颯爽と外に出て行った。


 チカが唖然とした様子で、2人が飛び出していった扉の方向を見つめていると、マリーがチカの猫耳パーカーの裾をクイクイッと軽く引っ張る。


「ねえねえ。はやく妖精の里に行ってみたい。今からじゃダメ?」


「えっ? でももう夜も遅いし迷惑なんじゃないかな。 っていうか、メリィちゃん達はなんでこんな時間に商業ギルドに?」

「ん? お金稼ぎになるから」

「お、お金稼ぎ?」

「そう。マネされないように、商業ギルドに登録しにいった」

「あー、そういうことか」


 ──なるほど。メリィちゃんは、ああ見えて商会のトップだもんね。たったあれだけの説明で、すぐにお金になりそうって気がついたってことだ。


「きっとチカにもお金はいってくる。だから安心して?」

「えっ? お金?」

「ん。アイデア料。あとでお姉ちゃんから、また話があるはず」

「おーっ! お金も入って、婚活パーティーにも参加できる! 最高じゃん!」


 ──こっちの世界で、なにか収入になる仕事をしたかったからちょうどよかったかも。今度メリィちゃんに、マリッジカウンセラーのことや、セミナーとかのことも話してみようかな? これがうまくいったら冒険者を引退して、マリッジカウンセラーとして生きていくのも楽しいかも!


 思いを巡らせてニヤニヤしているチカの様子を見つめながら、ティターニアは優しく微笑んだ。


「ふふっ、ホントカエデにそっくり。シィーちゃんが羨ましいわ」

「ふふふっ!」

「私もついていこうかしら?」

「ええええっ!? 妖精の里はどうするつもりなの!?」

「そうよね......。そうだ。シィーちゃんが女王やってみる?」

「いやなの!! チカは私の契約者なの!」

「ふふっ、冗談よ、じょーだん♪」

「そうは見えなかったの......」

「それよりシィーちゃん。チカちゃんをほっといていいの? あのままだと大変なことになるかもしれないわよ?」

「あー。いいの! 危険はなさそうだし。それに......」

「あー、そういうことね......」


「面白そうなの!」

「面白そうだものね」


 同時にそう言うと、顔を見合わせてプッと吹きだし、楽しそうに笑いあった。



 ◆◇◆◇


 結局あのあと、マリーちゃんのお願いに負けて、妖精の里に戻ってきた。あの潤んだ瞳はずるいと思う。


「んんっー............」


 チカは妖精城の客室にあるソファーに座りながら、両手をあげて、足をピンっと伸ばしながら大きく伸びをした。


 疲労感と眠気を感じながら、テーブルに置かれたカップを手に取り、口元に運ぶ。


「2人とも戻ってこないなあ......」


 チカはカップをテーブルに置くと、寂しそうにポツリと呟いた。



 いま部屋には私しかいない。

 なんでかって?


 マリーちゃんが、初めてきた妖精の里に興奮して、私をおいてシィーと一緒に出ていっちゃったからだよ! 


 マリーちゃんが小さい頃からみてた絵本にでてくるんだってさ。この妖精の里って。ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶマリーちゃんなんて初めてみたよ。



 ──コンコン。


 チカが2人を待ってボーッとしていると、突然、扉を叩く音が鳴り響いた。


「はーい?」

「チカちゃん。いま少しいいかしら?」


 ティターニア様だ。


「あっ、大丈夫だよ?」

「ふふっ。急にごめんなさいね」


 ティターニアは客室に入ると、優しい微笑みを浮かべながら、ゆっくりとチカまで歩み寄りソファーに腰を下ろした。


「それでどうしたの? っていうか女王様が直接きて大丈夫なの?」

「えぇ。大丈夫よ。チカちゃんが気にするようなことじゃないわ。......そんなことよりシィーちゃんに聞いたの。もう一人のチカちゃんについて」

「あぁ......」


 ──そうでした。その件があったんでした。すっかり忘れてたや。


「それでね。ちょっとだけ私に、チカちゃんの武器を見せてもらえないかしら?」

「うん。もちろんいいよ」


 チカは猫耳パーカーのポケットからブリュナークを取り出した。ティターニアはそっと手を伸ばす。


「あっ! ちょっと──」

「きゃっ!?」


 ティターニアの指先がブリュナークに触れた瞬間、刹那の光を発して、雷鳴が鳴り響き、まるでティターニアを拒むかのように、稲妻が走る。


「こ、これは?」

「わっ! ごめんね? こういう武器なんだよ。いま持とうとしたんでしょ?」

「え、えぇ」

「今度は触るだけのつもりで触れてみて?」

「分かりました。で、でも大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫だよ! 多分ね!」

「た、多分ですか......」


 ティターニアは息を呑み、恐る恐るブリュナークに手を伸ばした。


「ね? 大丈夫でしょ?」

「えぇ。不思議な武器ね。それになんて威圧感......。シィーちゃんがいってたことも分かるわ」

「あー。シィーは不気味っていってるね」

「ふふっ。シィーちゃんがごめんなさいね。きっと怖がっているのよ。だってこの槍の色。吸い込まれそうになるぐらい、真っ黒なんですもの」

「あはは......。それは分かるかも。私も初めて『彼女』がこの槍を見せてくれた時は、同じことを思ったもん」

「彼女とは?」

「それが......」


 私は元の世界で出会った『彼女』から、武器を譲り受けた経緯と、この世界で加護を使って創りだした経緯を簡潔に説明した。


 ティターニアは話を最後まで聞き終えると、ゆっくりと瞳を閉じた。


「──なるほど。そういうことでしたか......」

「なにか分かったの?」

「チカちゃんの言う『彼女』のことは分かりません。だけどこの槍からは意思を感じます」

「意思?」

「えぇ......。血に飢えた獣のように、全てを喰らい尽くしたいと渇望する強い意思を」

「えっ......?」


 ──なにそれこわい......。そういえば魔槍ブリュナークの元になった武器って、ケルト神話のブリューナクだよね? そんな物騒な武器だったのこれ。


 ティターニアは小さく息を吐くと、ゆっくりと瞳を開いた。


「しかしそれ以外の意思はないようですね」

「どういうこと?」

「神気を感じるのが気になるけど、おそらくもう一人のチカちゃんとは無関係ね。この槍からは原初的な感情。『殺意』しか感じないもの」

「............」


 ──それはそれで大問題だよね? なんだか頭痛くなってきた......。

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