第88話 王都に響き渡る声の主は?

 ──王都噴水広場。


 王都シンフォニアの中心部にありながら、木々や草花に囲まれ、街灯の淡い光が夜の闇に浮かび上がり、噴水の水の音が、ロマンチックな雰囲気を醸しだしている。


 カップルでにぎわいを見せる中、目の下にクマをつくり、疲れ顔でベンチに座るマリーとマサキの姿がそこにあった。


「はぁー。チカさん達。どこに消えちゃったんですかね......」

「ん......。ごめんね?」

「いやいや。マリーさんが謝ることじゃないですよっ!」

「ありがと。──みんなどこにいるんだろう......」

「まるで神隠しみたいですよね」

「ん? 神隠しってなに?」

「ある日突然、人が消えちゃう現象のことですよ。こっちの世界にはそういう話ってないんですか?」

「ない......。ねえ。消えた人達は戻ってくるんだよね?」

「いやー。俺たちの世界では、大抵戻ってこないですね」

「............」

「あっ!! いやチカさんもいるし、きっと大丈夫ですよっ!!」


 不安そうな表情でうつむくマリーの横顔を見つめながら、マサキは自身の不用意な発言を悔やんだ。


 ──重苦しい空気が漂う中、澄み切った美しい声が二人の沈黙を破った。



『愚かな人間共に告げます。我が名はティターニア。妖精の女王です。── 私達は過去の誤ちを再び繰り返そうとする愚かな人間共に、ほとほと愛想が尽きました。もはやこれ以上見過ごすことなどできません。再び悲劇を繰り返す前に。この私がこの世界から滅ぼしてあげましょう......」



 冷たく言い放たれた、突然の死の宣告。

 王都中が、どよめきと悲鳴に包まれた。


 マリーは上空を見上げてティターニアの位置を確認すると、風魔法を使って自身の身体を浮かび上がらせ、全速力でティターニアのもとへ飛んでいった。


「なっ!?」


 突然の出来事に、上空を見上げて唖然としていたマサキは、飛び去っていくマリーにかける言葉が思い浮かばず、背中を見送ることしかできなかった。



 ◆◇◆◇


 ティターニアは宣言を終えると、冷たい眼差しで王都を見つめた。


 瞳に映り込む、数百年前とは比べものにならないほど繁栄した街並みと、そこに生きる人々の姿。その全てに嫌悪感を抱かずにはいられなかった。


 ──全てカエデの犠牲のもとに成り立っているのに。そのことを忘れ、再び同じ誤ちを繰り返そうとするなんて......。


 ティターニアが両手を空高く掲げると、燃え盛る巨大な火球が生み出された。


 火球は暴風に煽られながら渦を巻き、轟音と火花を周囲に撒き散らしながら、その勢いを徐々に増して、さらに強大になっていく。


 ──人間なんて滅んでしまえばいい。


 全精霊力で生み出した、極大の火球を王都に向けて放とうとしたその瞬間。視線の先に見覚えのある黒い猫の衣服を纏った少女がいることに気がついた。


「待って?」

「チカちゃん? ──じゃないわね。まぎらわしい。ただの人間如きが、この私になんの用かしら?」

「チカを知ってるの?」

「えぇ。人間が彼女にしようとしてたことも、全て知ってるわよ?」

「えっ?」

「まあいいわ。チカちゃんの知り合いみたいだし、貴女は助けてあげる」


 そう言うと、ティターニアは片手をかざして光の扉をつくりだした。


「また向こうでまた会いましょう?」

「待って! 私の話を──」

「聞く必要なんてないわ」


 マリーの言葉を無視して、扉の中に吹き飛ばそうとした次の瞬間。突如、ティターニアの目の前に別の光の扉が出現した。


『ちょっと待ってえぇぇ──っ!! って。ぎゃあああああ──っ!!」


 光の扉の中から、チカが慌てた様子で叫びながら飛び出してきたかとおもうと、真っ逆さまに地上に向けて落下していった。


「チカっ!?」

「チカちゃん!?」


 マリーは慌てて落下していくチカを追いかけていく。


 ティターニアが突然の出来事に困惑していると、光の扉からシィーが顔をだして、キョロキョロっと周囲を見渡しながら、


「あれ? ティターニア様。チカはどこいったの?」

「シィーちゃん......」

「ん?」


『シィ──ッ!! なんで上空に扉を開けたのっ!? わたし飛べないんだよっ!?』


「あっ......」


 事態を把握したシィーは、マリーに助けられて険しい顔をしているチカと目が合うと、愛嬌たっぷりに可愛く笑いながら、


「テヘっ♪ 忘れてたの♪」

「忘れてたの♪ じゃないよっ!! わたし死にかけたんだからねっ!?」



 ──王都中の住民が固唾を呑んで、上空の様子を見守るなか、静寂に包まれた王都に、チカの叫び声が響き渡った。


 ティターニアが宣言をするために使った精霊魔法のせいで、自分の声が王都全域に広がっていることを、チカはまだ知らない。

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