第87話 私のために争わないで!

 絞りだすような切なげな声と、潤んだ瞳から流れ落ちる涙。


 そんなティターニアの悲愴感溢れんばかりの姿に、周囲の瞳からも自然と涙が溢れる。


「ぐすっ。ひどすぎるニャ......」

「ティターニア様と勇者様にそんな約束があったなんて、初めて聞いたの。ぐすっ......」


 後ろに控えていた妖精は、ティターニアに近づき、そっとハンカチを差し出した。


 ティターニアにはハンカチで涙を拭うと、微笑みながらチカを見つめて、


「ふふふっ。恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」

「ううん......。話してくれてありがと」

「貴女にはこの世界を楽しく生きてほしい。私もそう思います」

「うん......」


「──そういえば。少し気になっていたのですが、貴女はミリアーヌ様からどんな加護をもらったんですか?」

「えーと。なんだか少し言いづらいんだけど、楓さんと似てるんだよね」

「似ている? カエデの『創造』とですか?」

「うん。私は『創造改変』って加護をもらったんだあ」

「確かにそっくりですね......。一体どんな力なんですか?」

「えーとね。この加護は──」


 チカはティターニアに加護について、現状分かっていることを全て伝えた。悪用されるとは思えないし、カエデのそばいたティターニアなら、むしろ良いアドバイスを聞けるかも知れない。そう思ったからだ。



「なるほど......。話は分かりました」


「カエデさんと同じだった?」


「えぇ。創造については全く同じでした。完全にカエデの加護の上位互換ですね。どうして召喚された勇者ではなく、貴女にさらに強力な加護をミリアーヌ様は与えたのか......。この世界に連れてこられた理由といい、謎が深まるばかりですね」


「ねえねえ。なにか創造するコツみたいなのをカエデさんから聞いてたりしてない?」


「えっ? コツですか? ──そういえば。カエデが加護を使いこなすために、ノートに記録を残してたもしれません。知らない言語で書かれていたので、私には何が書いてあるのか読むことはできませんでしたが......」


「おーっ!! それを見せてもらっても平気かな? 多分、元の世界の言語だと思うんだよね」


「ええ。かまいませんよ。その代わり1つだけ私のお願いを聞いてもらえますか?」


「お願い? なに?」


「私も立ち会っていいですか? カエデが当時なにをどういう風に書いていたのか、ずっと知りたかったので......」


「うんっ! 全然かまわないよ? カエデさんの形見だもんね」


「えぇ。私の宝物です。 ふふふっ! なんて書いてあるのか楽しみになってきました♪」


 ティターニアは顔を綻ばせながら、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、どこかシィーが私に向ける笑顔に似ているような気がした。



◆◇◆◇


 ──海野 楓さん。


 異世界に勝手に召喚されて、最後はその世界で救った人間に、裏切られて殺されるなんて。楓さんは死の間際、どんな気持ちだったんだろう......。


チカが楓の心境について思いを巡らせ、心を痛めていると、突然シィーが、チカの顔面目掛けて抱きついてきた。


「ちかあぁぁぁ──っ!!」

「むぐっ!?」

「私はずっとチカと一緒にいるのっ! ぐすっ。絶対離れたりしないのっ!!」

「んぐっ。す、凄く嬉しいけど、顔に抱きつくのはやめてっ!!」


 チカはシィーを自分の胸に移動させてから、シィーの涙で濡れた自分の顔を拭った。


「ふふふっ。あらあら。シィーちゃんは私の話に感化されちゃったのかしら?」

「そうじゃないのっ! チカはドジでぬけたところがあるから心配なのっ!! それに昨日も捕まって牢獄に入れられたばかりなの」


「──牢獄に入れられた?」


 シィーの言葉を聞いて、微笑みを浮かべていたティターニアの表情が一変した。


「いまの話は本当なの?」

「本当のことだけど、あれは私が──」

「それも堅牢な魔封印までついてたのっ!! きっと人間どもは、チカを殺すつもりだったに違いないのっ!!」

「ふふふ......」


 シィーの話を、ティターニアは微笑みを浮かべながら聞いていたが、その瞳に殺気めいたものを感じて、チカはおもわず顔を引きつらせ、息を呑んだ。


 ──こわい。こわいんだよ! その笑顔がっ!! これは私が早くフォローしないと......


「シィーちゃん。教えてくれてありがとう」


「あっ、ティターニア様。いまのシィーの話なんだけどね」


「ふふふっ。大丈夫ですよ。私には分かっていましたから」


「あっ、そうなの? な~んだ!! それならそうと早く言ってよ。ひとりで焦ってた私が馬鹿みたいじゃん!」


「ふふふ......。ええ。分かっていましたとも。人間共が変わるなんて、有り得ないことですから」


「──えっ? いまなんて?」


「もはや人間共を野放しにしておくわけにはいきませんね。今度こそ......。今度こそ私がこの手で裁きを下してあげましょうっ!! シィーちゃん。すぐに他の子達を広間まで呼んできてちょうだい! 戦争よっ!!」


「りょうかいなのっ!!」


「ぎゃああああ──っ!! りょうかいしないでっ!! あっ、シィーもティターニア様も待ってッ!! 行かないでってばあああ──っ!!」


 チカの必死の呼びかけも虚しく、颯爽と飛び去っていくシィーとティターニア。


「早く追わないとまずいニャっ!! ん? チカ?」


 メリィは焦りを浮かべながら、すぐ近くでチカの顔を覗き込んだ。



 チカは唖然とした様子で、飛び去っていく2人の背中を見つめながら、まるでドラマで見るような、いまの自分のシチュエーションに、ふと脳内に浮かんできた言葉をポツリと呟いた。


「私のために争わないで......」



 あまりに間の抜けた言葉に、メリィは顔を真っ赤にしながら、チカの両肩を掴み、揺さぶりながら、切羽詰まった声をあげた。


「ちかぁぁぁぁーっ!! 現実逃避してる場合じゃないのニャ!! このままだと私達のせいで、今度は戦争になっちゃうニャ!!  早く追いかけるのニャッ!!」


「そ、そうだよね。 シィーっ!! ティターニア様!! 待ってえぇぇぇぇ──ッ!!」

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