少女と妖精の里

第82話 妖精の里

 光の扉を抜けると、そこにはまるで天国のような光景が広がっていた。


 樹々の隙間から木漏れ日が降り注ぎ、花々が辺り一面に咲き誇る。小川のせせらぎと小鳥達の囀る声が響き渡り、涼風がチカの頬を優しく撫でる。


「ここが妖精の里......」


 幻想的な光景に感動しながら周囲を見渡していると、小川の方から可愛らしい妖精達が、まるで天使のような笑顔を浮かべて、私に近づいてきた。


「わっ! チビ人間がなんで妖精の里にいるのっ!!」

「クソ人間めっ!! 汚らわしいっ!! さっさと出ていくのっ!」


「............」


 訂正します。クソ生意気な妖精達が、悪魔のような笑顔を浮かべて私に悪態をついてきました。


「ぷっ! あははっ! チカ、なんて顔してるのっ!!」

「笑い事じゃないよっ! せっかく感動してたのに、こいつらのせいで全部ぶち壊しだよっ!!」


 チカとシィーの声に気づいて、寝ていたメリィがゆっくりと目を覚ました。


「んー......。あ、あれ?」

「あっメリィ起きたの?」

「こ、ここはどこ?」

「妖精の里なのっ!!」

「えっ!?」


 メリィちゃんは、よほど動揺しているのか、語尾のニャを忘れちゃってるみたいだ。


「な、な......」


 シィーの言葉をきいて、メリィは目を大きく見開くと、口をパクパクさせて、うまく言葉を出せずにいた。


 シィーとチカは、メリィの意外な反応におもわず首をかしげた。


 ──メリィちゃん感動して言葉がうまく出せないのかな? 


 チカが楽観的なことを考えていた、次の瞬間。メリィは顔を真っ赤にして叫ぶように口を開いた。もう語尾を気にしている余裕すらない。


『なんてことしてくれたの!?』


「「えっ!?」」


『えっ? じゃないよっ!! これじゃ脱獄じゃない!!』


「で、でもメリィも加護の話をしてたときはノリノリで話してたのっ!!」


『でも私いったよね!? 逃げるべきじゃないって!!』


「「............」」



 加護のことで頭がいっぱいになっちゃって、つい聞き流しちゃったけど、そういえば言ってたかもしれない。いや、言ってたね......。


 そっと横目でシィーに視線を送ると、シィーも心当たりがあるのか顔を強張らせながら息を呑み込むと、目をキョロキョロと泳がせてひどく動揺していた。


『ちょっとっ!! 2人とも聞いてるの!?」


「「はいっ!!」」



 チカとシィーがメリィの迫力に押されてオドオドしていると、何処からともなく澄み切った美しい声が聞こえてきた。


「騒がしいですね。人間如きが妖精の里でいったい何をしているのですか?」


 怒りを含んだ氷のように冷たい口調。


 チカとメリィの背筋に冷たいものが走り、その場に凍りついた。


「ティターニア様!! 久しぶりなのっ!」


「あら......? シィーちゃん? シィーちゃんじゃない!! 久しぶりねえー。元気そうで安心したわ。......でもどうして人間なんかと一緒にいるの?」


 ティターニアがシィーに気がつくと、先程までのピリピリとした冷たい雰囲気がまるで嘘だったかのように、ほんわかした優しい雰囲気に包まれた。


 ──ふぅー。怖かったあああっ!! でもこれでメリィちゃんの件も、うやむやにできそうだ♪ ラッキー♪


 チカはメリィのお説教を回避できたことに、安堵してホッと胸を撫で下ろした。



 シィーに案内されて森の奥へと進んでいくと、巨大な大樹が視界に飛び込んできた。


 一体どのくらいの年月を過ごせばここまで大きくなるんだろう。きっと何百年じゃきかないよね?


「これが世界樹イグドラシル......」


 私が大樹を見上げながら呟くと、シィーが眉を顰めながら私の方へ振り返った。


「勝手にヘンテコな名前つけるんじゃねえのっ!!」

「えっ!? 違うの?」

「全然違うのっ!! そもそもなんで大樹に名前なんて必要なの?」

「いや、そう言われるとその通りなんだけど......。でもほら! 妖精の里にある大樹だし、特別だったりするのかなーって......」


『キャハハっ! シィー様が連れてきたチビ人間バカっぽくておもしろの!』


「なっ! よ、妖精ちゃん達? 私はバカじゃないからね? そういう事はいっちゃダメだよ?」

「はあ......。お願いだから、チカはすこし大人しくしててほしいの。私まで恥ずかしくなってくるの」

「ひどくないっ!?」



 ◆◇◆◇


 大樹の根本までくると、まるで口を開いてるかのような大きな空洞が、大樹の中へと続いていた。


 なんとも独特な木のニオイが漂う中、しばらく薄暗い大樹の中を奥へ奥へと進んでいくと、遠くのほうに明かりが見えてきた。


「ここが妖精の里なのっ!!」


 大樹の中には幻想的な空間が広がっていた。

 至るところにあるこけが淡い光を発して、辺りを照らし、可愛らしい小さな家が上空からたくさん吊るされている。


「わぁー。大樹の中は意外に明るいんだね」

「凄く綺麗なところなのニャっ!」

「ふふふっ! じゃあまずはティターニア様に挨拶に行くからついて来てほしいのっ!」



 シィーの後に続いて歩きながら、周囲を観察していると、チカはあることに気がついた。


「ねえシィー、なんで妖精がいないの?」

「本当だニャっ! 家はこんなにたくさんあるのにどこにも妖精がいないニャっ!」

「そりゃそうなの。人間が妖精の里にくるなんて数百年ぶりなの」

「家の中にいるってこと?」

「そういうことなの。ティターニア様から人間の愚かさや浅ましさは嫌っていうほど聞いてるし、当たり前の行動なの」


 それ相当な人間嫌いだよね? シィーは大丈夫って言ってたけど、ティターニア様に会うのが怖くなってきたなあ......。


「ついたのっ! ここがティターニア様がいる妖精城なのっ!」

「本当に大丈夫かなぁ......」

「きっと大丈夫なのっ! せいぜいカエルにされるくらいなのっ!」


「ニャっ!?」

「それ全然大丈夫じゃないからねっ!?」


「ぷぷっ! あはははっ! ちょっと冗談を言ってみただけなのに、2人ともビビりすぎなの! ──あっ。でもメリィは本当に気をつけたほうがいいかもしれないの。私と契約してるのはチカだけだから、ティターニア様がメリィを見てどういう反応をするのかちょっと予想できないの!」


「......えっ?」


 シィーの話を聞いたメリィちゃんは泣きそうな顔で私の顔を見つめると、ギュッと私の腕に抱きついてきた。


「チカ、お願いだから私を守ってほしいニャ......。ぐすっ。カエルになんかなりたくないニャ」


「だ、大丈夫だよっ!」


 やっぱり姉妹だけあって、怯え方がマリーちゃんとそっくりだなぁ。──ってそんなこと考えてる場合じゃないねっ! メリィちゃんは私が守らなきゃっ!!


「さ、さあ! じゃあそろそろティターニア様のところへ行くのっ! メリィは私が守るから安心して欲しいの!」

「ぐすっ。ありがとニャ。シィーちゃんは優しいニャ......」

「あはは......。あ、当たり前のことを言っただけなのっ! メリィは私の大事な友達なの!」



 ──や、やりすぎちゃったの。いまさら冗談でしたっなんて言える雰囲気じゃねえの......。


 シィーは顔を青くして薄ら笑いを浮かべながら、妖精城の扉を開いていった。

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