第76話 底知れない恐怖感


「ではチカ殿は勇者様に武器を見せようとしただけと言うことですかな?」


「はい......」


 チカが気まずそうにしながら頷くと、マサキが椅子から立ち上がり、チカを庇うように前にでた。


「俺が悪いんです。どうかチカさんをもう責めないであげてください」


「勇者様がそうおっしゃるのであれば......」


 なんとか誤解を解くことができて、チカはホッと胸を撫で下ろした。


「マサキさんありがとう。本当に助かったよ」


「いえ、もともと俺が迷宮についてチカさんに聞いたのが原因なので気にしないでください。そんなことよりさっきのって魔槍ブリュナークじゃないですか?」


「うん。そうだよ」


「なんであれがこの世界にあるんですかっ! 確かゲームでも作成素材の入手難易度が高すぎて、持っていたプレイヤーが1人しかいなかったような神器級の最強の槍ですよねっ!?」


「しぃーっ! ちょっと声が大きい!」


「あっ、ごめんなさい!」


 マサキはハッとして両手で口元を押さえた。

 周囲を確認した後で、誰にも聞こえないように、チカの耳元に顔を近づけて小声で囁く。


「チカさん、どうやってそんな武器を手に入れたんですか? この世界でも素材を集めれば作れるんですか?」


「どうなんだろう? 私はこっちの世界に連れてこられたばかりだから分からないや」


「いやいや! じゃあなんでその槍を持ってるんですかっ!?」


「えーと......。創ったから?」


「なんだ、やっぱり作ったんじゃないですか。それで素材はどうしたんですか?」


「いやそうじゃなくてね......」


「ん? じゃあどういうことですか?」


 話が噛み合わないなあー。

 あれ? そういえば召喚された場合って加護はもらえるのかな? ミリアーヌさんは加護のことを特別なものって言ってたけど、どうなんだろう?気になるなあー。


「話の途中でごめんね。マサキさん、私からも質問してもいい?」


「ん? なんですか?」


「加護ってもらった?」


「え? なんですか加護って......」


 やっぱり召喚だともらえないのか。あれ? じゃあマサキさんは加護なしで職業も空欄のただのニートってこと? いくらなんでもハードモードすぎない?


「いや俺を無視して考え込まないでくださいよっ!!」


「あっ! ごめんね。 マサキさんも大変なんだなーって思ってさ」


「えっ? さっきの質問から、どうして俺が大変ってことになるんですか?」


「ニートなのに魔王討伐に挑まないといけないなんて、ハードモードだなあって......」


「いや別に俺はニートじゃないですよ!? なんなんですか急にっ!!」



 話が噛み合わないので、マサキさんに私がこの世界にきた経緯や加護のことを全て話した。もちろん口止めは忘れてないよ!


 マサキさんは私の話を聞き終えると、険しい顔でぶつぶつと愚痴を呟きながら、1人で考え込んでいる。自分が加護をもらえてないのがショックだったみたい。


「まあー、マサキさん。これでも飲んで元気だしなよっ!」


 私は猫耳パーカのポケットから以前創った自動販売機を取り出すと、中に入っていたジュースをマサキさんに手渡した。


「うわっ! 自動販売機じゃないですか! そんなものまで創れちゃうんですか?」


「うん。触ったことあるものなら簡単に創れるよ?」


「チートですね。はあ......。俺もそういう力が欲しかったです」


「でもマサキさんはニートじゃなくて、職業が勇者なんでしょ?」


「そりゃそうですけどね。チカさんの力を知っちゃうと、勇者だからなんだって感じですよ」


 そう言うと、マサキは大きな溜息をついてうなだれた。


 チカがそんなマサキを励まそうとした直後、周囲の視線がすべて自分たちの方へ向いていることに気がつき、チカの顔が引きつる。


「ふふふ。なるほど。そういうことでしたか。勇者様がお会いになりたくなるわけですね。アーサー。あなたは彼女の力のことを知っていたのですか?」


「い、いえ。私も初めて知りました。普通ではないとは思っていましたが、まさかこんな力を持っていたとは......」


 終わった。そりゃこれだけ騒いでたら嫌でも気になるよね......。


「もう! 本当にチカはバカなの! どうしていつもそうなの?」


 突然、シィーの呆れたような声が部屋中に響き渡った。


「いまの声は......?」


 ハート様が不思議そう周囲を見渡すと、控えていた兵士達も武器を構えて、険しい表情で周囲を警戒する。


 チカは顔を強張らせながら、澄まし顔でこの状況をなんとか切り抜けようと、真っ直ぐ正面を向いたまま固まっている。


 精霊魔法で隠れてるのに、なんでシィーは話し始めちゃうかなー......。さらに状況が悪化してるじゃん!



 突然、ハート様は私を見つめると、何かに気づいたように微笑みながら口を開いた。


「ふふふ、どうやら貴女には秘密が多いようですね」


「あはは......」



 ◆◇◆◇



 ハート様との食事を終えた私達は、王城をでて城門に向かって庭園を歩いていた。


 マサキさんと手を繋いで、楽しそうに話しながら歩くマリーちゃんの背中を見つめながら、私はさきほどの食事会のことを考えていた。


 なぜかあの後、ハート様に深く追求されることはなく、和やかな雰囲気のまま食事会を終えた。でもそれが逆に不気味で少し怖い。


 ── これ以上厄介ごとに巻き込まれる前に、さっさとニッケルの街に帰ったほうがいいかもしれない。というかもう帰りたい。ハート様って、終始笑顔でなんか怖いんだよなあー。



 食事会のことを思い浮かべながら歩いていると、あっという間に城門の前についた。


 マサキさんにお別れの挨拶をしようと近づいていくと、マサキさんの方から私に声をかけてきた。


「チカさん。今日は来てくれて、ありがとうございました。それに加護の件はすいませんでした。もしなにかあったらいつでも俺のとこへ来てくださいね?」


「ありがと! マサキさんにそう言ってもらえるとすごく心強いよ」


「あははっ! 女性にそんなこと言われると、なんだか照れますね! あっ、そういえば聞きたかったんですけど、チカさんのゲームでのキャラ名ってなんだったんですか?」


「私は『ちぃー』ってキャラ名で遊んでたよ」


「あーっ! あの有名な廃人プレイヤーのっ!! だからあの槍を創れたんですね!」


「廃人って......。私はちゃんと寝てたよ? というかあの槍はもともと私と一緒に遊んでた人から譲り受けたものなんだけど」


 私がそう言うと、マサキさんは不思議そうに首を傾げる。


「えっ? そうなんですか? でも『ちぃー』って有名なソロプレイヤーでしたよね?」


「えっ? そんなことないよ? やめる前はたしかにソロプレイをしてたけど、その前は友達と2人でずっと遊んでたし」


「んー? じゃあ俺の勘違いかな? ちなみにそのお友達の名前ってなんて言うんですか?」


「え? えーとね。彼女の名前は────」


 その瞬間、チカの背筋にゾクっと悪寒が走った。


 (『彼女』の名前が私の中から消えてる?)


 彼女と過ごした冒険の想い出や、彼女の戦う姿は鮮明に想いだせるのに、『彼女』の名前だけはどうしても想いだすことができなかった。


 忘れたとかそういう感覚じゃない。まるで消されてしまったかのように、ポッカリと名前だけが記憶から抜け落ちていた。さらに恐ろしかったのは、そのことにいままで全く違和感を感じなかったことだ。



 チカは底知れない恐怖感で、心臓が激しく鼓動するのを感じながら、まるで凍りついたかのように茫然とその場に立ち尽くした。

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