第67話 悪意


 真っ白で冷えきった空気が漂う中、ブルードラゴンがズシンッと重々しく倒れる音と地響きが部屋中に響き渡る。


「はあ......はあ......。や、やった......?」


 ブルードラゴンの生死を確認しようと、足を踏みだそうとするが意識が遠のく。


「くッ......」


 足元がフラつきおもわず片膝をついた。



 離れた場所からチカ達とブルードラゴンの戦いを見ていたメリィ達が騒ぎだす。


「やったのっ!! さすが私が選んだ契約者なの!」

「えぇ。ホントすごい......。ギルドの統括が言ってたことがやっと分かったわ」


「そ、そんな馬鹿な。あんなクソガキがブルードラゴンを......」

「............」


「マリ──ッ!!」


 メリィは慌ててマリーの元へ駆け寄っていく。


「マリーッ!! しっかりするニャ!!」

「んっ......。お姉ちゃん......?」

「そうニャ! お姉ちゃんニャッ!! あぁ......。こんなに血がでて......」


 メリィはマリーの頭を膝の上に乗せて、ゆっくりと治癒ポーションをマリーに飲ませていく。


「んぐ。んぐ。ぷはっー。お姉ちゃん。ブルードラゴンは?」

「大丈夫ニャッ! チカが倒したニャ」

「よかった......」


 砂漠の風のレオンはゆっくりと立ち上がると、ブルードラゴンのいる方へ歩きだした。


「お、おい! レオンどこにいくんだよ?」


 レオンは爽やかな笑顔を浮かべて振り返る。


「ふぅ。彼女も助けが必要だと思っただけさ。見たところ立ってるのもやっとだしねぇー......」


 レオンはそう言うと再びブルードラゴンとチカがいる方へ歩きだした。


「あっ! おい! ちょっと待てって!」


 慌ててジェーソンも立ち上がりレオンの後を追いかけていった。



◆◇◆◇



 ブルードラゴンは地に伏せたまま激しく息を切らしながら、チカを殺気めいた目つきで睨みつけた。


「グルルル.....」


 ブルードラゴンの唸り声でハッと我に返り、チカは顔を上げた。


「はあ......はあ.....。まだ息があるのかぁ......」


 切れた息を整えながら震える膝を押さえて力を振り絞り、なんとか立ち上がる。


 いまトドメを刺しておかないと。回復されたら厄介だ。


 おぼつかない足取りでブルードラゴンを見つめながらチカはゆっくりと歩きだした。


 ブルードラゴンも地面から起き上がろうとするが、起き上がれず再び地面に倒れ込んだ。


 チカはブルードラゴンの目の前までくると、ブリュナークを握りしめた両手をあげた。


「これで終わりだよ」


 ブルードラゴンの額に向けて漆黒の刃を振り下ろそうとした次の瞬間。


 背後から突然声をかけられた。



「君もね......」


「えっ?」


 直後、背中に激痛が走り胸に違和感を感じた。

 

 私はゆっくりとうつむきながら胸にそっと手をあてた。


 胸から鋭い剣先が飛び出して、傷口からでるおびただしい量の血液が猫耳パーカーを赤黒く染めあげている。


 ──刺されたの......? いったい誰が......?


 後ろを振り返るとレオンがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら冷たい瞳で私を見つめていた。


「うぐっ!!」


 胃液が上ってくるような吐き気を感じて、おもわず手で口元を押さえる。


 指の隙間から血飛沫ちしぶきあふれだし、腕を伝って地面にしたたり落ちていく。


 視界がかすみみ、膝から崩れ落ちるように私は地面に倒れた。


 朦朧もうろうとした意識の中。チカは王都への旅路で盗賊に襲われたときの、ジョンさんとシィーの言葉を思い出していた。


 アイツらが私に敵意を持っていたことは気づいてはずなのに......。二人の言う通りだった。私が甘すぎた......。


 目の前が真っ暗になり私は意識を手放した。



◆◇◆◇



『────ッ!!』


 突然目の前で起こった凄惨な出来事に周囲は騒然となった。


 シィーは瞳に涙を浮かべながら、凄いスピードでチカのところまで飛んでいく。


「チカァァァ──ッ!! 目を開けるのっ!!」


 マリーとメリィも慌てて立ち上がりチカに駆け寄っていく。


「あああああっ!! チカ──ッ!!」

「お前ぇぇぇ!! なにしてるニャッ!!」


 レオンはニヤニヤした笑みを浮かべながら冷たい目で3人を見つめる。


「ふっ、邪魔だから始末しただけさ。見て分からないのかい?」


 レオンは馬鹿にしたように鼻で笑い、冷たく聞き返す。


「このクズ人間ッ!! ただじゃおかねえの!! マリーッ!! はやくチカにポーションを飲ませるのッ!!」


「やってる!! でもチカの息が......!!」

「──ッ!? 私がやるのッ!!」


 シィーはチカの胸の傷口に手を当てた。


 淡い光がチカの身体を包み込んでいき、あっという間に胸の傷口が塞がっていく。


「ふっ、無駄さぁ。心臓を貫いたんだよ? いまさらいくら傷を治そうと死んでるものを生き返らせることなんてできっこないさっ!」


「そ、そんな......。レオン。あなたはなんてことを......」


 カノンは大きく目を見開き、両手を口元に当てて茫然と立ち尽くす。


「ふ、ジェーソン。君なら分かってくれるだろ? そこのドラゴンに僕たちがトドメを刺せば......」

「......なるほどな。俺らはドラゴンバスターってことか」

「ふふふ。そう言うことさ」

「ガハハハッ!! そいつはいいぜ!! じゃあさっさとトカゲ野郎にトドメを刺して、目撃者も始末しねえとなぁ〜?」

「ああ。そうだね」


 レオンとジェーソンは下卑た笑みを浮かべながらブルードラゴンの方へ歩きだした。



 シィーは傷口を治し終えると、鬼気迫る表情でチカの頬をおもいっきり引っ叩いた。


「チカッ!! 目を覚ますの!! こんなところで死んでる場合じゃねえのッ!!」


「あああああッ!! チカあああああッ!! 私のせいでチカがあああッ!!」


「違うにゃ!! マリーのせいじゃないニャっ!! 私があんな奴らと大迷宮なんかにきたせいニャ......。アイツら絶対許せないニャッ!!」


 マリーは狂ったように泣き叫びながらチカの胸に顔を埋める。そんなマリーをメリィは抱きしめながら、レオンとジェーソンを殺気めいた目つきで睨みつけた。



 レオンはブルードラゴンの前に着くと剣を握る手に力を込めた。


「ふふっ、これで僕たちも英雄の仲間入りだっ!! 死ねえええーッ!!」


『グルルルル......』


 レオンが斬りかかろうと剣を振りかざした瞬間、ブルードラゴンは起き上がり体を捻って尻尾を二人に叩きつけた。


「おぼぉおお!!」

「ぎゃぁああああああぁぁ!!」


 ブルードラゴンは息を切らしながらチカ達がいる方へ顔を向けた。歯を剥きだしにしてチカ達を睨みつける。


『グオォォォォ──ッ!!!!』


 ブルードラゴンの怒り狂うような激しい咆哮ほうこうに大気が震えた。



「あいつこっちにくるニャッ!!」


 3人は慌ててチカを守るように、ブルードラゴンの前に立ち塞がった。


「グルルルルッ!!」


 ブルードラゴンは猛り狂いながら大地を揺らしゆっくりと近づいてくる。


 ──次の瞬間。


 3人の背後から雷鳴が鳴り響いた。


 ハッとして振り返ると、チカの握る漆黒の槍が稲妻を纏い雷鳴と閃光を発しながら チカの身体を雷撃によって繰り返し揺さぶり続けていた。


「チカッ!?」

「いったいどうなってるのニャッ!? 心臓は確かに止まっていたはずニャッ!!」



 稲妻の雷鳴と閃光がおさまると、チカは目を開きゆっくりと立ち上がった。


『ふふふっ......』


 鋭い目つきで迫りくるブルードラゴンを睨みつけながら、チカは口元をニヤリと歪ませた。

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