第65話 激闘の開幕

 マリーちゃんの後ろについて歩きながら、洞窟の周囲を見渡す。


 あれはたぶんミノタウロス? さすがに最下層だけあって、強そうな魔物が多いなあ。


 今のところ私たちはまだ一度も生きた魔物と遭遇していない。


 進めば進むほどメリィちゃん達が遭遇したであろう魔物の死骸の数だけが増えていく。


 血肉のひどい悪臭におもわず私は顔を顰めて鼻をつまんだ。


 これだけの魔物と戦えば、メリィちゃん達も無傷とはいかないだろう。はやくメリィちゃん達を見つけないと......。



 しばらく洞窟を歩いていくと遠くに階段が見えてくる。


「お姉ちゃんはこの階段を登っていったみたい。」

「じゃあ急いで追いかけないと! 階層を降りる時と違って、階層を登った場合はすぐBOSSの部屋だよ!」

「ん!」


 階段を登って70階層につくと、遠くに開かれた鉄製の大きな扉が見えた。目を凝らしてよく見ると、開かれた扉の先に何名かの人影が動いてるのがわかる。


「マリーちゃん! 扉がすでに開いてる!!」

「急がないとお姉ちゃんが......!!」

「うん。急がないと本当にマズイかも......」

「ん!」


 マリーちゃんは風魔法をつかって凄いスピードで加速して、扉に向かって疾走していく。


「シィー!」

「分かってるの! 早くマリーを追いかけるの!」


「えっ!? えっ?」


 カノンさんは状況についていけないのか、あたふたしている。


 カノンさんごめんね。いまはゆっくり説明してる時間がないんだ。


 私はカノンさんを無視して、シィーに補助魔法をかけてもらってから、急いで鉄製の扉に向かって走りだした。


 ──次の瞬間。



「グオオオオオォォォ――ッ!!」


 魔物の咆哮に大気が震え、巨大なナニカが風を切って羽ばたくような大きな羽音が聞こえてきた。


 扉に近づけば近づくほど、その羽音は大きく重々しいものになり、ヒンヤリとした冷たい風が頬を撫でる。


 まずい......。ガルーダの比じゃない。それにこの風は......?



「お姉ちゃあああんっ!!」


 マリーちゃんも異変に気づいて慌てた様子で、開かれた扉から部屋の中に入っていく。


 「あっ、待ってよ! マリーちゃん!」


 だめだ。全然追いつけない!! やっぱり風魔法を使ったマリーちゃん速すぎっ!!


 私は少しでも早く追いつこうと、地面をさらに強く蹴ってスピードを上げた。



 ようやく扉まで辿りつき、乱れた息を整えようとしたその瞬間。突然凍えるような冷たい風に煽られて、目の前が真っ白い霧で覆われた。


「なっ!?」

「きゃっ!! なんて凄い風なのッ!?」


 シィーは慌てた様子で飛ばされないように私にグッとしがみついた。



 ──真っ白で冷え切った空気が漂う中で、次第に視界は鮮明になっていく。

 

「一体なにが起こったの!?」


 私は目を凝らして部屋の中を見つめた。


 壁付近に倒れる二人の男性冒険者。少し離れた所にまるでマリーちゃんを庇うかのようにメリィちゃんが覆いかぶさって地面に倒れている。


 よかった......。ふたりとも微かに動いてる。

 

 私はふたりに駆け寄りながら周囲に視線をやると、地面の至るところは凍りつき鋭い氷柱が無数にできていた。


「んんっ......。お姉ちゃん......?」

「もう......! マリーなんできたニャッ!!」

「だって......。あっ......」


 メリィちゃんは、困り顔で言葉を詰まらせたマリーちゃんを胸元にそっと引き寄せてギュッと抱きしめた。


「死んだらどうするのニャッ!! 馬鹿マリー!!」

「ぐすっ......。ごめんなさい」


 抱き合う二人の姿を見て、ほっこりとした気持ちになる。


 二人に声をかけようとしたその瞬間。ゾクリと背筋が凍るような感覚に襲われた。


 慌てて上空を見上げると、翼を羽ばたかせた巨大な青龍が口を大きく開けて、氷のブレスを放ってきた。


「あれはブルードラゴンの氷のブレス!?」


 物凄い轟音とともに、氷の粒子がキラキラと光を反射させながら白い渦を巻いて私達に迫ってくる。


 ブレスの範囲が広すぎる! これじゃみんな避けきれないッ!!


『チカ──ッ!!』


 シィーが大きな叫び声をあげて、凄いスピードで私の前まで飛んできた。


「くぅっ!! おりゃああああ──ッ!!」


 シィーが私達を守るかのように両手を広げると、光の膜のようなものが私達を包み込んでいく。


「ニャ!? これはなんなのニャ!?」

「シィーちゃん......?」


 氷のブレスは光の膜に包まれた私達を避けるように左右に割れて地面に衝突すると、凍えるような冷たい暴風と衝撃を撒き散らして周囲を凍りつかせた。



「はぁ.....はぁ......はぁ。なんとか......。ま、間に合ったの......」


 シィーは息を切らしながらこちらに振り向くと、険しい顔をしながら大きく息を吸いこんだ。


「お前達は馬鹿なのッ!? 最下層のドラゴン相手になに抱き合ってるのッ!? 時と場合を考えてほしいのっ!!」

「ひゃいっ!!」


 マリーちゃんは今までに聞いたこともないような、かわいい返事をしながら慌てて立ち上がる。


「よ、妖精なのかニャ?」

「だから猫娘!! そういうのは後にしろって言ってるのッ!!」

「ひゃいっ!!」


 やっぱり姉妹だね。反応までそっくりだ。


 私はシィーに怒られる前に、ブリュナークを構えてブルードラゴンを警戒しながら周囲を見渡した。


 最悪だ。いまのブレスで入口と出口の扉が凍りついて氷柱に覆われてる......。もうブルードラゴンとの衝突は避けられそうにないね。


「マリーちゃん。私を抱えて風魔法で一緒に飛んだりってできる?」

「ん! 大丈夫。任せて?」

「シィー! ここを任せても平気?」

「ふふふ! このシィー様に任せるの! たださっきみたいに防御結界を張るのは、あと数回が限界なの!」

「りょーかい。じゃあなるべく私とマリーちゃんで頑張らないとね!」

「ん! 頑張る!」


 マリーちゃんが私の背中に抱きつくと、風が私達の周囲を包み込んでいく。


「うっ......。なんだ何が起こったんだ?」

「ぐぐっ......!! あのトカゲはどうなった?」


 ナルシストのレオンとハゲ頭のジェーソンは目を覚まして周囲を見渡している。

 

カノンさんは二人に気がつくと、距離をとってメリィちゃんのそばに駆け寄った。


 そりゃ近づきたくないよね。緊急事態とはいえ殺されかけたんだもん。


 私が砂漠の風の様子を眺めていると、ジェーソンと目が合った。


「お前は!? ニッケルのギルドにいたクソガキじゃねえか!!」


 このハゲ頭め。相変わらずムカつくなあ。


 私はハゲ頭は無視して、メリィちゃんとカノンさんのほうへ顔を向けた。


「二人ともそこから動かないでね。シィー。二人のことお願いね?」

「りょーかいなの!」


「じゃあマリーちゃん。行こっか!」

「んっ!」


 マリーちゃんが力を込めるようにギュッと私を抱きしめると、周囲を包み込んでいた風が肌を撫でるように絡みついてくる。


 次の瞬間。私の身体は空高く舞い上がり、まるで疾風のような速さでブルードラゴンに向かっていった。

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