王都と漆黒の大迷宮

第52話 メリィちゃんの覚悟


 食堂は声をかけることすら躊躇うほどの重苦しい雰囲気に包まれていた。


 ジョンさんは瞳を閉じてうつむき、仕事中は感情をあまり顔にださないはずのメイドさん達まで悲痛な表情をしている。


 そんな中、メリィちゃんが食堂にきた私に気がついて声をかけてくれた。


「あっ......。チカ。おかえりニャ」

「ただいま。何があったの?」

「ニャハハ......。ごめんニャ。いまはうまく説明できる自信がないニャ」


 メリィちゃんは悲しそうな瞳で引きつった笑みを浮かべながら、頬を掻いた。


「少しだけ時間をもらえないかニャ?」

「うん......。わかった。私はじゃあ部屋に戻ってるね?」

「ごめんニャ......」



 私は食堂をでて自分の部屋に向かった。

 

 廊下をすれ違うメイドさん達も心なしか元気がないように見える。


 部屋のドアを開けて中に入ると、シィーが猫耳パーカーのフードから飛びだして、少し疲れた顔をみせた。


「ふぅっ~! 息が詰まりそうだったの! いつもこんな感じなの?」

「ううん。いつもはもっと明るい人達なんだけど......。いったい何があったんだろう」

「私が分かるわけねえの!」


 そう言うと、シィーはニコニコした無邪気な笑顔を浮かべながら空中を飛びまわり部屋の中を見てまわった。


「それにしても大きい家なの! 面白そうなものがたくさんあるの!」


 さっきまで憂鬱な気分だったけど、あの無邪気な笑顔を見てるとすごく癒される。妖精って純粋な生き物なのかもしれない。


「それにしても部屋中ネコだらけでおかしな部屋なの!」

「え?」

「こんな部屋に住んでいる人間の顔を見てみたいの!」


 シィーが私の目の前まで飛んでくると、ニンマリした笑顔で私をみつめる。


「ぷぷぷっ! そういえチカのお部屋はどこなの~? 早く案内してほしいの~」


 わざとらしく首を傾げるシィー。

 

「絶対わかってるでしょ!? ここが私の部屋だよっ!!」

「あははっ! そんなの知ってるの! 顔を真っ赤にしちゃっておもしろすぎなのっ!」


 シィーは大きな口を開けて笑いながら、お腹を抱えて空中でクルクル回っている。


「うざい......」

「ふふふ! じゃあ私はこの家の探検にいってくるの!!」


 シィーは満足そうに微笑むとドアの方向へ飛んでいった。


「えっ? ちょっと!」


 シィーがドアに近づいていくと、手も触れてないのに勝手にドアが開き、あっという間にシィーは部屋から飛び出していった。


 はやっ! てかなにいまの!? あれも精霊魔法?



 シィーを追いかけても追いつける気がしないので、ソファーに座りながら加護の練習をすることにした。


 創造力なんてどう鍛えればいいのか分からないので、まずは絵を描きながら触ったことがない物を詳細に思い浮かべてみた。


「ふっー。なかなかうまくいかないなあ.....,」


 継続していれば結果がでるといいんだけど。それより触ったことがあるもので、加護を使ってなにか商売とかできないかな?


「元の世界の料理とかは昔の勇者のせいで難しそうだよね......」


 そもそも私そんなに料理が得意なほうじゃないしなあ......。



 夕陽が沈みかけているのか、部屋の中が少しづつ暗くなってきた。


 ちなみにシィーはまだ帰ってきてない。


 誰かに迷惑をかけてないといいんだけど......。シィーのやることはタチが悪いからなあー。


 そんなことを考えながら部屋でゆっくりしていると、突然ドア叩く音が鳴り響いた。


──コンコン。


「どうぞー?」


 私が返事をすると、メイドのマリアさんがドアを開けて部屋の中に入ってきた。


「チカ様。夕食のお時間です」

「マリアさん。わざわざありがとー!」


 マリアさんはニコッと微笑むと、軽くお辞儀をしてから部屋を出ていった。



◆◇◆◇


 私が食堂につくと、マリーちゃんとメリィちゃんがすでにテーブルの席に座っていた。

 

 二人とも昼間の時と比べたら落ち着いてるように見える。

 

 テーブルから少し離れたところにジョンさんと見たことがない冒険者風のお爺さんが立っている。


「チカ! さっきはごめんニャ」

「ん。ごめんね?」


「私は大丈夫だよ。もう二人はいいの?」

「大丈夫ニャ! 心配してくれてありがとニャ」

「いったい何があったのか聞いても平気?」

「もちろんニャ。実は昨日マリーの体調のことで分かったことがあるニャ」

「わかったこと?」

「んーと......」


 メリィちゃんは悲しげな表情をして言葉がとまる。


「ん。私から話す」

「マリー......」

「私はずっとこのままの可能性が高い。治す魔道具もない。それが昨日わかった」

「えっ......」


 私は言葉がでてこなかった。


 ここ最近マリーちゃんはずっと体調が悪くて、自分の部屋からほとんどでてきてない。今の話だとこれからずっとその生活が続くということだ。


 私はマリーちゃんになんて言葉をかけてあげればいいんだろう......。


「全く可能性がないわけじゃないのニャ」

「なにか方法があるの?」

「ん......。お姉ちゃん。でもあれは伝説の魔法。誰もスクロールを見つけたことも、魔法を使ったとこを見た事もない」


 治す魔法があるってことなのかな? でもスクロールすら誰も見たことない魔法って相当レアだよね。


「王都の近くにある漆黒の大迷宮になら可能性はあるニャ」

「でも凄く危険。私はお姉ちゃんに危険な目にあって欲しくない......」


 マリーちゃんは心配そうにメリィちゃんを見つめた。その様子に気づいたメリィちゃんは椅子から立ち上がると、マリーちゃんを両手で優しく抱きしめた。


「大丈夫ニャ。ギルドの統括にお願いして強い冒険者を用意してもらったニャ。それに危なくなったら撤退するニャ!」

「お姉ちゃん。でも......」


 メリィちゃんは真剣な表情で私を見つめる。


「チカには私がいない間マリーを見てて欲しいニャ! じゃないとマリーは無理しかねないのニャ......」

「私も一緒にいこうか?」

「嬉しいけどあそこは挑戦した経験がある冒険者じゃないと危険ニャ」

「そうなんだ......」


 まぁ、大迷宮っていうぐらいだもんね。


『なになに? なんの話をしてるの?』


 不意に私の耳元でシィーの声がしたことに驚いて、おもわずビクッと肩が震えた。


 声がしたほうに視線を送ると、いつの間にか私の右肩にシィーがちょこんっと座っている。


 他の人達は特に気にしている様子はない。きっと精霊魔法で姿を消してるんだ。


 私は周りに聞こえないように小声でシィーに話しかけた。


「シィー。いま大事な話をしてるからちょっとだけ黙ってて......」

「えぇー......。そんなの暇でしょうがないの!」


 シィーは不服そうに頬を膨らませた。


「お願い。あとでちゃんと説明するから......」

「んー! そこまで言うなら我慢するの」

「ありがと......」


 私は安心してほっと胸を撫で下ろした。



「チカはなにを一人でぶつぶつ言ってるのニャ?」

「えっ!? あっ、いや! ちょっと考えごとをしてただけだよ!」


 ジョンさんが難しそうな顔で一歩前にでる。


「しかしメリィお嬢様。漆黒の大迷宮で本当にコンプリートリカバリーのスクロールが見つかるのでしょうか......」


「きっとあるはずニャ! 300年以上前の記述でその魔法でマリーと同じ症状の冒険者が完治した記述があったのニャ!」


「しかし......。スクロールの目撃情報すらないと言うのはどうも気になります」


「誰かが秘匿にしている可能性が高いニャ。異常状態を正常に戻す魔法ニャ。独占すれば巨万の富が得られるニャ」


 ジョンさんは心配そうにメリィちゃんを見つめる。


「危険ではないでしょうか......。私はやはり反対です。どうかご再考願えませんでしょうか」

「それでも私は行くしかないのニャ!!」

「お姉ちゃん......。お願い。考えなおして?」


 メリィちゃんはふたりの言葉を無視して、鬼気迫る表情で冒険者のお爺さんのそばに駆け寄った。そんな中、耳元でシィーの声が聞こえてきた。


「ねえねえ。チカ!」

「しーっ! もう少しだけ静かにしてて......」

「えっ、でも......」

「お願い!」

「んんーっ!!」


 私の強めの言葉を受けてシィーは口を尖らせてそっぽを向いた。


 ちょっとかわいそうだけど仕方ないよね。いまはシィーと話してる場合じゃないし。


 私はメリィちゃんの方へ視線を戻した。


「ロレンス! 私を今すぐ連れて行ってほしいのニャ!」

「了解しました。ではしっかり捕まってくださいね」


ジョンさんとマリーちゃんは慌てた様子でメリィちゃんに駆け寄っていく。


「メリィお嬢様!? 話はまだ終わっておりません!」

「お姉ちゃん!? 待って!!」


 メリィちゃんは二人を無視して冒険者のお爺さんの手を握った。


 次の瞬間。


 先程まで目の前にいたはずの二人の姿は、その場から一瞬で消え去っていた。

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