第11話『グーグルアース・馬場町・2』


大阪ガールズコレクション:11


『グーグルアース・馬場町・2』  


     



 憧れとストーカーの境目ってどこだろう……




 憧れているから、その人の姿を目で追ったり、少し離れて後をつけていくってあるんじゃないかなあ。


 むろん、毎日やったり、学校から家まで付いて行って、電柱の陰からその人の部屋をじっと見ていたりしたらストーカーだと思う。


 でもね、たまに、たまにだよ。その人がさ、家に帰るのとは違う方向の電車に乗ったら――あれ?――って思うじゃない。


 それで、隣の車両に乗って行先を確かめてみるってダメかなあ。


 間島先輩に、それをやった。


 先輩の家は恵美須町なので、天六で堺筋線に乗り換える。私の家は松屋町(まっちゃまち)なので谷町線を谷六まで乗って、鶴見緑地線に乗り換える。たまに帰りの地下鉄でいっしょになっても天六まで。天六で下りてホームを歩く先輩を乗客の肩越しに見るだけで満足だった。


 ある日のこと、先輩は天六で降りなかった。


 あれ? そのまま、隣の車両に乗っていくではないか!?


 中崎町 ⇒ 東梅田 ⇒ 南森町 ⇒ 天満橋…………まだ下りない。


 先輩、引っ越したのかなあ? どうしよう、うちの近所とかだったら!? 思い切って同じ車両に移ってさ、先輩引っ越したんですか!? とかから始まって「え、それってうちの近所です!」とか、そこから会話が始まって、先輩が卒業するまでの十カ月くらいはアプローチのチャンスが一杯!


 ううん、アプローチなんかしなくても、同じ地下鉄で帰りの車両がいっしょで、たまに話とかできたら、もうそれだけでいい。東梅田を過ぎたら確実に座れるから、時々は一緒に並んで座って、谷六までお話とか! いやいや、先輩松屋町だったら、鶴見緑地線乗り換えの間はホームでお話しできるし! どうしよう、うちの近所とかだったら、家に帰るまでいっしょだよ! そう言えば、先週隣のマンションに引っ越しのトラックが停まっていた! あれが先輩の家だったら! 


 妄想しまくっていたら、先輩は谷四で下りてしまった。


 え、フェイント? 谷四なんて想定外……と思ったら、わたしも降りてしまった。


 谷四の入り組んだ階段を上っていくと、先輩は南に向かって歩いて行って、馬場町(ばんばちょう)の交差点を渡るとNHKの建物の中に入って行ってしまった。


 公開録画とかあるのかなあ……想像はしたけど、中に入っていく勇気はなく、サワサワした気持ちのまま三十分近くかけて家に帰った。うっすらと額に汗、どないしたん? 尋ねるお母さんに「谷四から歩いた、健康にいいみたい(o^―^o)」と答えると「そうか、晴れた日にはええかもしれへんね」と返してくれる。日ごろから娘の運動不足を気にしていた母には、いい傾向と思われたみたい。


 


 その後、先輩はNHK付属劇団の研究生になったことが分かった。




 コミュ障というほどではないけど会話が苦手なわたしには、演劇を、それもNHK付属劇団でやっている先輩がますます遠い存在になった。


 谷四と谷六と松屋町を結ぶと三角形になる。谷四から家に向かって歩くと、その三角形の長辺を歩いている塩梅になる……そうだ、わたしは健康のため谷四から松屋町まで歩くんだ!


 そういうことにして、週に三度ばかり『健康の為に』ということで谷四から歩いて帰ることにした。


 その帰りの地下鉄で、たまたま先輩といっしょになるだけなんだ。


 そう思うことにした。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る