皇太子 イルナス
真鍮の間での魔力測定が終わり、1週間が経過した。その間、宮殿では『真鍮の儀式を懇願した童皇子』の話で持ちきりだったので、イルナスは外も歩けず自室に籠もった。放心状態で毎日を過ごし、何をやるにも手つかずで、一日をボーッと過ごす。
あまりにも魔力測定の手応えがなさ過ぎて、もはやあきらめの境地に達していた。
これから自分はどうやって生きていけばいいのだろうか。一生、このまま周囲から馬鹿にされ、同情し続けられながら生活をしていかなくてはいけないのだろうか。皇子としての身分にすがり、ただ皇位であると言うだけの存在に。
「イルナス様、グレース様がいらっしゃいました」
そんな中、側近が呼びに来た。イルナスは、大きくため息をついて入室の許可する。
3週間後に執り行われる真鍮の儀式で、正式な皇太子が発表されるが、その前に星読みたちから内定順位の発表がある。
「イルナス皇子殿下、ご機嫌麗しく存じます。本日は、真鍮の儀式を執り行うために、内定順位をお伝えしたいのですがよろしいでしょうか?」
「……うん」
イルナスは素直に頷いた。そして、悟った。グレースの浮かない表情を見ていれば、わかる。今回も潜在魔力を感知できなかったのだと。
「内定順位は秘匿事項です。イルナス皇子の他に準備頂く2人を決めなければいけませんが、選定頂けますか?」
「……では、母様とヘーゼン=ハイムを」
イルナスは迷いなく口にした。ヴァルナルナースには、事前に謝りたいと思った。真鍮の儀式のたびに、不出来な息子を晒されるのだから。
そして、ヘーゼンには嘘つきと罵りたかった。自分にありもしない希望を見せてからかった。それが、どんなに残酷なことであるか、一言だけでも文句を言わねばと思った。
やがて、側近が二人を連れてきた。ヴァルナルナースはすでに泣きそうな表情を浮かべており、ヘーゼンは何やら楽しげな様子だった。
「イルナス皇子殿下、ようやく、この時が来ましたね」
「……ああ、そうだな」
ヘーゼンの言葉に、イルナスは愛想なくつぶやく。この男……もしかしたら、期待しているような演技をして『こんなはずじゃなかった』などと嘲る気なのだろうか。だとすれば、本当に意地が悪いと思った。
「……では、発表させて頂きます」
「グレース、その順位は5位かい?」
イルナスは聞く前に、質問した。
「いいえ」
「では……4位かい? それとも3位? 2位?」
「……いいえ」
イルナスの語気がどんどん荒くなり、目から涙が滲んでくる。やはり、どこかで期待していたのだろう。自分の心で何かが弾けた。
「そうか。それならば、ヘーゼンの期待に応えるならば1位でないといけないな。グレース、聞かせてくれ。6位かい? 7位かい?」
「……いいえ」
彼女の答えを聞いて、ヘーゼンを睨む。嘘つき。自分には潜在魔力があると言ったのに。今回の魔力測定では、いい順位になると言ったのに。
「なら、もう最下位と1位しか残ってないな。ヘーゼン、そう言うことなんだよ。結局、僕は君にからかわれて、みんな弄ばれる玩具でしかないんだ。所詮……」
「……」
「グレース……僕は……最下位なんだろう?」
「……
「……えっ」
・・・
その瞬間、一斉に沈黙が拡がった。ヴァルナルナースも、ヘーゼンも呆然としているが、何よりイルナスが呆然としていた。言っている意味が、まったくわからなかった。最下位じゃないと言うことは、いったいどういうことなのだろうか。
「あの……グレース。僕は最下位じゃないのかい?」
「……ええ、そう言いました」
「あの……5位でも、4位でも、3位でも2位でもないんだよね?」
「はい」
「6位でも、7位でも……ないんだよね?」
「ええ」
「だとすれば……いや、でもあり得ないよグレース。君まで僕をからかうのかい?」
「イルナス皇子殿下……かからかってなどいません」
「だって、おかしいじゃないか。残りはもう1位しか……でも、そんなのあり得ない」
「……イルナス皇子殿下。いえ、イルナス
「嘘だ」
そんなイルナスのつぶやきを無視して。グレースは不安そうな表情を浮かべながら宣言した。
「あなたがこのノルマンド帝国の皇位継承権1位です……イルナス皇太子殿下」
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