皇太子 エヴィルダース(2)


 皇位継承候補者たちは、玉座の間を出て真鍮の間に移動する。その場所で、星読みたちから魔力の測定が行われる。イルナスが最後尾で歩いていると、エヴィルダースが駆け寄ってくる。


「惨めなものだな。そなたがそこまでして真鍮の儀式に参加したかったとは。はせめてもの慈悲で、そなたに同情してやったのに。這いつくばって、懇願してまで、なぜ恥をさらけ出そうとするのか、には到底理解できぬ」

「……」


 イルナスは、投げかけられた言葉に沈黙した。たとえ、何を言ったところで、今は到底敵わない。自分の惨めさも呑み込んで、無表情で歩みを進める。


「まあ、戯れはここまでにするとしよう。そなたにのような取るに足らぬ存在など

真鍮の儀式が終われば、また戯れてやるから、楽しみにしておれ」

「……」


 エヴィルダースは吐き捨てるようにつぶやき、最前列に戻る。イルナスにとっては地獄のような嫌がらせでも、彼にとっては暇つぶしの戯れ。どうしてそうなるのかが一ミリも理解できないが、それが現実だった。


 しかし、今回だけはどうしても。真鍮の儀式でだけは、どうしても5位までには入りたい。イルナスは心の底から望んだ。


 真鍮の間に入ると、その中心に一人ずつ呼ばれて、周囲に星読みが取り囲む。控え室では、それぞれ皇位継承候補社が精神を集中している。エヴィルダースも先ほどとは打って変わったように真面目な表情をしている。


 大方の予想は満場一致でエヴィルダースだった。魔力は第2位のベルクトールと肉薄しているが、帝国内の影響力、武芸なども加味される。大きく上下がないのならば、全ての点で有利なエヴィルダースだろう。


 一人ずつ星読みから呼ばれて行き、真鍮の間へと入っていく。時間としては、数十分ほど。どんどんと立ち上がって部屋に入っていく様子を眺めながら、イルナスの鼓動がだんだんと大きくなる。


「次、イルナス皇子。お入りください」


 来た。イルナスは震える足をなんとか動かして真鍮の間へと入った。星読みの中にはグレースもいたが、表情は読み取れない。そのまま部屋の中心の指定位置まで移動し、心を落ち着かせる。


「通常はここで魔力を込めて頂くのですが、イルナス様は未だ魔力発現をされていないので、何か強く想って頂ければと」


 星読みの一人が正面から語りかける。イルナスは言葉に従い、必死に念じる。なんとか、少しだけでも潜在魔力を感じて欲しい。ヘーゼンがそう言ってくれたように、少しでも誰かに何かを認めて欲しい。


「……け、結構です」

「えっ!? も、もう」


 通常は、一人5分ほど掛かるはずだ。それが、10秒ほども経っていない。もしかしたら、潜在魔力がまったくなくて、見放されてしまったのだろうか。イルナスの心に絶望感が拡がっていく。


「そんなことを言わないで、もっと。今から、もっと強く想いを込めるから。頼む……もう、少しだけ」

「も、申し訳ありませんが、これ以上私には」


 逃げるように星読みは、次の星読みと変わった。イルナスは気を取り直して、次の星読みにも必死の思いをぶつける。この中の一人でも、自分の潜在魔力が――


「け、結構です」

「そ、そんな……」


 先ほどよりも更に早い。5秒も経っていない。イルナスは愕然とした。それほどまでに、自分は見放されているのかと。イルナスの瞳に涙が溜まっていく。なぜ、天はこれほどまでに残酷なのだろうと。


 そこからは、同じことが繰り返された。次々と星読みがイルナスの前に立つが、数秒も経たずに、交代していく。

 そして、最後はグレースの番になった。


「……グレース、頼む。せめて、最後までの潜在魔力を測ってもらえないか?」


 もう、これで最後かもしれない。エヴィルダースが次期皇帝となれば、自分などたちまち追放されてしまうだろう。そう思うと、この真鍮の儀式に悔いを残したくなかった。


「……わかりました」


 彼女は頷き、ジッと童子を見つめる。イルナスは息を吐いて、これまで以上に強く念じた。これまでに自分が味わった屈辱。惨めさ。情けなさ。部屋で一人で泣いた夜の長さ。同情という名の哀れみ。


 そんなものを全て吹き飛ばすほどの強さが欲しい。


 強さが……欲しい。


 それから、5分が経過してグレースはフッと息を吐いた。


「お疲れ様……でした」

「うん……ありがとう」


 もう自分にできることはない。ありったけの想いを込めたのだから、もう悔いはない。イルナスは目の前にいるグレースに感謝の念を送るが、彼女の表情は真っ青だった」


「随分と具合が悪そうだが、大丈夫か?」

「……はい、平気……です」


 弱々しいような笑顔を浮かべながらグレースは立ち上がった。そして、フラフラと後方に下がると、そのまま崩れ落ちる。


「グレースっ!?」

「だ、大丈夫……です。イルナス様……は、早く退出なさってください」


 彼女は、突き放すようにつぶやいた。


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