皇太子 エヴィルダース

 2週間ほどが経過し、皇位継承候補の一同が玉座の間に集まった。周囲には10人の星読みたちが取り囲んでいる。やがて、扉が開き老人と美女が歩いてきた。皇帝レイバースと側室のヴァナルナースである。


「我が子らよ。表をあげよ」


 玉座に座った皇帝は、そうつぶやく。レイバースはすでに67歳の高齢である。髪はすべて白く染まっているが、身体つきは未だ若々しい。座っているだけで臣下を圧倒するほどの威厳を備えていた。


「ご機嫌麗しく存じます皇帝陛下。このたびは、非才である我々に機会を頂き本当にありがとうございます」


 顔をあげて口上を述べるのは、皇位継承候補第一位――現皇太子のエヴィルダースである。5年に1度執り行われる真鍮の儀式だが、全て順位順に並ぶ。必然的にイルナスの立ち位置は最後方である。


「うむ。皆がどれほどの魔力を備えているか、楽しみだ」

「それでですが……一つ提案がございます。イルナスのことですが、今回から真鍮の儀式を受けさせないというのはどうでしょうか?」


 エヴィルダースから放たれた言葉に、イルナスは驚愕の表情を浮かべる。レイバースはバツの悪そうな表情を浮かべ、隣で泣きそうな表情をしているヴァルナルナースをチラリとみる。


「エヴィルダースよ……それはなぜだ?」

「イルナスは過去3度真鍮の儀式を受けましたが、全て潜在魔力の測定ができませんでした。さすがに、4度そのような目に遭うのは、兄として非常に心苦しいのです」

「……ううむ」


 レイバースは低く唸る。白髪の皇帝は、出来損ないのイルナスに対して愛情を持っていない。しかし、隣のヴァルナルナースは誰よりも愛していた。どう答えれば、彼女の気分を害さずに済むのかを考えあぐねる。


「皇帝陛下。弟の身体は小さく、弱々しいです。あのような状態では、真鍮の儀式を受けることも辛いのではないでしょうか? そして、可愛らしい弟がその後の結果に落ち込む姿を見たくないのです」

「……っ」


 ちょっと待ってくれ。イルナスはそう思った。真鍮の儀式すらも受けられないなら、全てが終わる。それだけは絶対に我慢できない。

 意を決した童子は、両手を地につけ、頭をつける。そして、震えているが、精一杯の声で嘆願する。


「こ、皇帝陛下。イルナスでございます。後方からの発言をお許しください」

「……なんだ?」


 皇帝の無機質な声に、思わず全身から汗が噴き出る。彼には、愛情どころか憎しみさえ籠もっている。能力のない自分を心の底から忌々しく思っている。

 しかし、それでも今回はなんとしてでも受けたかった。


「私はこの機会をありがたく賜りたく存じます。そして、どのような結果であれ真摯に受け止めます。何卒、真鍮の儀式を受けさせてくださいませ。何卒……」

「はぁ……弟よ。すがりたくなる気持ちもわかるが、ヴァルナルナース様のお気持ちも考えろ。毎回、真鍮の儀式で最下位である息子の名前を読み上げられるのだ」


 その言葉に、イルナスは、ハッとヴァルナルナースの顔を見た。そして、悟った。母もまた、真鍮の儀式を受けて欲しくないのだと。もちろん、純粋にイルナスを心配する気持ちからだろう。

 しかし、それはイルナスにとっては絶望だった。


「母様……ご心配をおかけして申し訳ありません。しかし、何卒……何卒。私は真鍮の儀式を受けたい。受けたいのです」

「はぁ……弟よ。あまり駄々をこねるな。童子の身体とは言えど、そなたは16歳だぞ。母親に駄々をこねるなどと、恥ずかしくないのか」


 エヴィルダースがそう言うと、クスクスと他の候補から嘲笑が漏れ出る。しかし、イルナスは気にしなかった。溢れ出る涙を必死に抑え、歯を食いしばって、『何卒……何卒……』と慈悲を求める。

 そんな中、星読みのグレースが一歩前に出た。


「……皇帝陛下。星読みの立場からよろしいでしょうか?」

「許す」

「真鍮の儀式は、厳格に執り行われます。帝国の将来を導く皇太子を忖度ない実力で決めるために、始皇帝ファランガス陛下が定めたものです。それは、陛下や皇位継承候補にも覆すことはできません」


 グレースの言葉に皇帝レイバースは頷く。その後、グレースは言葉を止めて一歩下がるが、エヴィルダースは苛立たしげに彼女を睨んだ。


「そなた、何が言いたいのだ?」

「わかりませんでしたか? 率直に申し上げさせて頂ければ、エヴィルダース皇太子殿下は勘違いされてます」

「……なんだと?」

「真鍮の儀式は皇帝陛下の子息全てに受ける義務があります。これは。これを放棄する権利はイルナス様には持っておりません。また、皇帝陛下、ヴァルナルナース様、エヴィルダース様にも放棄させる権限は持っておりません」


 その言葉に、イルナスは安堵の表情を浮かべた。エヴィルダースは一瞬だけエルグレースを睨みつけたが、やがて心を落ち着かせて笑顔を見せた。皇太子の選定者である星読みに、悪印象を持たせるのは得策でないと判断したようだ。


「わかった、グレース。弟の身体を想ってのことだ、許せ」

「とんでもございません。もちろん、わかっておりますよ」


 グレースは満面の笑みを浮かべた。


 

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