皇太子 イルナス(2)
イルナスは不思議な感覚に包まれていた。身体が宙に浮いて浮遊しているようで現実味がない。それでいて、心臓の音だけがドクン、ドクン、と波打つようにうるさく、痛い。
「……
「はい。過半数を越える星読みが、イルナス皇太子殿下を推しました」
「……」
信じられなかった。星読みの魔力測定は通常5分ほどかかる。それなのに、自分の番では数秒ほどで終わらせていたではないか。そう、尋ねるとグレースは苦々しげにつぶやいた。
「私たち星読みは魔力感知に優れておりますので、あまりにも強い魔力を前にすると、それだけで気分が悪くなってしまいます。イルナス皇太子殿下の潜在魔力は他の星読みたちには強すぎたのです」
「……っ。で、でも。エルヴィダース皇子は? ベルクトール皇子は?」
とてもじゃないが、信じられなかった。仮に自分の潜在魔力が高くても、他の皇位継承候補だって優秀な魔力を持っているはずだ。
「……申し訳ありませんが、他の候補者の状況をお伝えする訳にはいきません」
「予測でもいいのでしたら、私がお答えしましょう。もちろん、他の2人も強い魔力をお持ちでしょう。しかし、あなたは別格だった……私の予測を超えるほどに」
ヘーゼンが答えるが、その表情は浮かない。いや、むしろ悩ましげな顔をしている。イルナスは不審に思った。仮に潜在魔力が他の候補者を圧倒していての1位ならば、彼にとっては歓迎すべき話ではないのか。
「グレース様。聞かせられる範囲で構いません。なぜ、そのようなことになったのです? 魔力が重視されるのは重々承知ですが、選考条件は他にもあります」
ヘーゼンが尋ねた。どうやら、この男は今回の判定に納得のいっていない様子である。イルナスの中で、ヘーゼンへの疑念が拡がっていく。もしかしたら、この男はどこかの派閥のスパイなのだろうか。
「ええ。もちろん、他の選考条件も加味しました。現在の派閥、家柄、血筋、全てを考慮した上での決定です。具体的な名前は差し控えますが、イルナス様の潜在魔力は2位の方の5倍の魔力量を誇っておりました。これは、他の選考条件の補正とは次元が違います」
「……っ」
聞いていて、イルナスは現実味がわかなかった。エヴィルダースの魔力は強大だ。大嫌いで憎々しいが、その魔法は憧れを抱かずにはいられなかった。そんな彼の魔力の5倍……とてもじゃないが、飲み込める話ではない。
しかし、ヘーゼンはさも納得したような表情を見せる。
「得票数を教えて頂きたい。それとグレース様。あなたが誰に投票したのかも」
「……構いません。公平を期すために、この情報は公開されますから。10人中9人の星読みがイルナス皇太子殿下に投票ししました。そして……私は、他の候補者に」
「なっ……」
イルナスには何がなんだかわからなかった。ほぼ満場一致で自分に投票が入っていることも信じられなかったし、何より、自分が唯一信じていたグレースだけが他の候補者に投票していたことも信じられなかった。
しかし、ヘーゼンはそれにも納得したような表情を浮かべる。
「なるほど。10名中9名ならば、もうどれだけ他の候補者が工作しようと覆しようがようがない訳ですな」
「ええ。私も一縷の望みをかけて他の候補者に投票したのですが」
「ふ、二人とも……さっきから何を言っている!?」
イルナスは混乱しながら叫んだ。先ほどから2人が言っているのは、どう考えてもエヴィルダースを1位に押し上げる方法だ。味方だと思っていた二人が、まさか彼のスパイだったなんて。もう、訳がわからない。
ヘーゼンとグレースは互いに顔を見合わせてハーッとため息をついた。
「失礼。私の予測では、グレース様と他1名。これが、今回の真鍮の儀式であなたを皇太子に推す星読みだと考えておりました。この宮殿での派閥の影響力は強大だ。星読みも、所詮は人だ。慣例と利益、そして影響力からは逃れられない。そう思っていたんです。秘匿機関で探る術もなかったとは言え……まさか、ここまで忖度のない集団だとは。正直、呆れました」
「……それで、なぜそんな表情を浮かべる。そなたが私の後ろ盾となってくれるのならば、むしろ喜ばしいことではないのか?」
イルナスの問いに、ヘーゼンは首を横に振る。グレースの方も向くが、表情は浮かない。
「むしろ、最悪です。これならば、まだ最下位の方がよかった」
「き、貴様っ……」
「時間がなかったので、選択肢を狭めていたんですよ。一位など、検討にも入れていなかった最悪の結果です。急いで、今後の行動を決めなければ……ラスベル、ヤンを呼べ」
「はい」
ヘーゼンは側近に指示をしてグルグルと回り出す。あからさまに顔色に余裕がなく焦っている。
「ヘーゼン、そなた……なにを――」
「……いや、その前にイルナス様には急いで準備をしてもらわなければな。イルナス皇太子殿下」
ヘーゼンはイルナスを見て言った。
「あなたは、今日、
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