第23話 診察
ヤンは、スラ村長に連れられて、医館に入った。そこには、患者がごった返していた。看女が忙しなく動き回り、明らかに業務がまわっていない状態だ。
「結構賑わってますね」
「医館はコシャ村にしかないんです。近隣の町からもたまに来ますし」
早速、診療室に入ると、明らかに患者より顔色の悪そうな男が診察をしていた。常に忙しなく指示をしていて、かなり余裕がない印象を受けた。
「ノラーラ先生、連れてきました。欲しがっていた助手です」
「……使えるのか? 使えなきゃ、いらんぞ」
「は、はい。大丈夫かと思います」
「ヤンです。よろしくお願いします」
自己紹介すると、ノラーラは一通りヤンを見て、すぐに指示をした。平民を診療する魔医は、魔力が低い。なので、軽傷ならば、包帯で止血したり、薬などを服用したり、原始的な方法で治療する。
ノラーラの指示をテキパキとこなしたヤンは彼の診療を観察する。
あっ、なるほど。この程度か。
ヤンは密かに思った。ノラーラが直接魔法をかけて治療した患者がいたが、効果としてはかなり微妙だ。
そして、魔法をかけるたびに、ぜえぜえと肩で息をしていた。相当な燃費の悪さに、思わずヤンはため息をつく。
一般的に診療は診断・触診・治癒の3つに別れる。実際に魔力を注ぎ込むのは治癒の過程で行われる。
直接身体に触れて魔力を注ぎ、血脈を促進したり、治癒・予防効果を高めたり、傷を治療したりする。ノラーラも基本的な所はできているがいかんせん魔力が少ない。
これでは、通常の原始的な医療を施した方が効率はいい。
「医は仁。思いやりだ。それを決して忘れずに患者の治療に当たれ。そうでなければ、医に携わる資格はないからな」
「……はい」
頷きながら、思いやりはいいけど、もっと効率的にやれないものかとヤンは悩む。結局、手が回っていないのは、ノラーラの治療が遅いからだ。
かと言って、こちらが手を出せば、必ず目立ってしまうだろうし。
仕方がないが、ノラーラを教育していくしかないとヤンは思った。魔力量が低いのは生まれつきだからもう仕方がない。しかし、魔力を抑えて治療に当たる方法さえ身につければ、効率がより上がるはずだ。
「ノラーラ先生、指先に魔力込められてます? さっきから手のひら全体に込められているように見えますけど」
「なっ……平民のお前に魔力の何がわかるんだ!?」
「平民ですけど、帝都出身なんです。そこでも、魔医の助手してました。色んな魔医の先生見てきましたけど、皆さんそうしてましたよ?」
「……っ」
ヤンの言葉に、ノラーラは慄く。ああ、こいつ都会に劣等感抱く典型的な地元おっさんだと、瞬時に見抜く。
平民の魔力持ちは数多くはないがいる。しかし、ノラーラの口調だと、このおっさんは没落貴族か罪人かのどちらかだろう。
魔力持ちは数が限られているので、重罪を犯した貴族が身分を剥奪され、平民の魔医となって働くケースが多い。だが、ノラーラの場合は魔力が低いので、恐らく破産宣告した没落貴族の方だろう。
意外ではあるが、元貴族でも平民のために真摯に治療を頑張るケースも多い。そもそも、平民の身分に堕とされた貴族は魔力の低い場合が多いからだ。
魔力が低い彼らは元々下級貴族で身分も低い。貴族内の扱いも、かなりぞんざいである。
しかし、平民の魔医となれば、平民からはかなり慕われて、ありがたがられるので、頑張ろうという気持ちが湧いてくるのだそうだ。
ノラーラも恐らくその一人で、平民のために今まで頑張ってきたのだろう。そのこと自体は褒められるべきことだが、頑張りが伴っていない。その高尚な志に見合うくらいに頑張ってもらわなくてはいけない。
ヤンは手っ取り早く平民を治療して、時短して、イルナスのために暗躍する必要がある。
「指先に神経を集中させて
「なっ……なんだと!」
ノラーラの目が血走っている。どうやら、怒っているようだ。せっかく教えてあげているのに、教え甲斐がなさ過ぎてつまらん。おっさん教えても、全然つまんない。これが、イルナスだったらとヤンは大きくため息をつく。
「こうです。この患者は喉が悪いでしょ? だから、喉仏にこうトントンと」
「お、お前勝手に……」
「……な、治りました! ノラーラ先生、治りましたよ!」
患者がビックリしたように叫ぶ。ノラーラは口をパックリと開けて『あがががが』的な表情を浮かべる。
ヤンは『しまったぁ、魔力使っちゃったぁ』と心の中で叫ぶが、そんな表情は1ミリも見せずにポケットから魔石を取り出す。
「魔医が忙しい時に、帝都は助手が補助魔石を使って治療するんです。ほら、ノラーラ先生も早くやってみてくださいよ」
「そ、そんなことよりなぜ悪いとわかった! まだ診療も触診もしていないだろう!? まさか、当てずっぽうじゃないだろうな!」
「そんなわけないじゃないですか。きちっと患者さんのお話聞いてました? 世間話だって立派な診察です。と言うか、医の基本ですよ。初歩の初歩です。それに少し見て触れば喉仏が腫れてるのわかるじゃないですか。先生、魔医の免許の更新行かれました? 最近の論文読まれてます?」
「ぐっ……ぐぎぎぎぎっ」
ヤンはノラーラを立て続けに追い詰めるが、内心はヒヤヒヤしていた。今した説明は、まったくの嘘である。本当は魔力を目に込めて、患者を診察したのだ。
と言うより、これはヘーゼンによる独自技術だ。3ヶ月前に発表された論文で、もしかして気づかれたかとハラハラしたが、ノラーラが最近の論文をまったくチェックしてなさそうなので、ホッとした。
「酒飲んでかっこつけて医は仁だ、じゃないんですよ。そんな口触りのいい言葉は、宴会の席で戯婦にでも吐いて捨ててください。本当の魔医は常に患者のために最新の研究結果を吸収して診療に活かす者なんです。ほら、さっさとやってくださいな」
ヤンは顎が外れそうなほど驚いているノラーラに指示した。
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