第24話 優しさ


「じゃあ、お願いします」

「は、はい……」


 ヤンは患者の服をたくしあげて、いつの間にか敬語のノラーラにうながす。効率アップのため、とりあえずは、流れ作業をすることにした。 

 まずは、ヤンが密かに魔力を目に込めて診療・触診を行い、悪穴あっけを見つける。そこに、ノラーラが魔力を指に込めて患者の身体に注ぎ込む。


「……全然駄目ですね。もう一回」

「は、はい」


 何度も何度も患者にやるが、やはりコツは掴めないらしく、ノラーラは首を傾げる。しかし、これは彼に才能がない訳ではない。かくいうヤン自身も、悪穴を見つけるのには相当苦労した。


「あまり気を落とさないでくださいね。これは、結構難しいのです。帝都の先生方も大変苦労して習得されてましたよ。でも、魔石を持った私にだってできたのですから、ノラーラ先生にも必ずできます」

「ほ、本当ですか?」

「ええ……これは、経験ですからね。だいたい5千人くらい患者の治療を行えば、嫌でもやれるようになりますよ」


 ヤンはノラーラが安心するように答えたが、彼はかなり苦痛な表情を浮かべていた。なぜかはわからないが、やる気が湧かないようだ……解せぬ。

 黒髪少女はなぜノラーラがやる気を持ってくれないのかを考えた。そして、彼の先ほどの言動を省みる。


 医は仁……か。そう言えばこのおっさんの座右の銘だったな。


 患者想いだから、一刻も早く習得したいのか。その結論に辿り着いたヤンは、ノラーラを見直した。

 てっきり、魔力が弱いのに資産管理もろくにしなくて破産宣告して、帝国の血税を貪り食っている身の癖に、平民たちに向かってカッコつけてるだけの無能なおっさんかと思っていたが、患者への想いは本物らしい。


「申し訳ありません、言葉足らずでした。別に人体だけで練習しろと言ってるわけじゃありませんよ。一日に来る患者さんには限りがありますから。診療は18時に終わりますから、深夜3時まで人形で練習してください」

「えつ……えっ……」


 そう言って、ヤンは人体模型を取り出した。そしてノラーラに方筆で丸を書かせる。これで、私がいなくても練習ができるはずだ。


「本当は人体がいいんですけど、時間がありませんでしょう? 一万回ほど指で魔力を込めて突いてください。少し光れば合格。大きく光れば惜しい。まったく光らなければ無効。合計で合格が一万回ですよ。そうすれば、患者数は2千人ほどで済むはずですから」

「ふ、増えてますけど!」

「そ、そりゃ増えますよ」


 なにを言っているのだろうこのおっさんは、とヤンは思った。質の低い訓練をするのだから、回数は増えるに決まっている。

 しかし、重要なのは時間短縮ができることではないか。実際、ヤンはこの方法でヘーゼンに教えられて、数ヶ月かかる修行を一週間で終わらせることができて、かなり時短だった。


「かなりきついと思いますけど、患者さんのために頑張ってくださいね。あと、これが終わるまでは休暇なしでお願いしますよ。悪穴あっけに魔力を込めるのは、魔医にとって基幹の技術になりますから」

「なっ……なんでそこまで指示されなきゃ……」

「あら? だって最初に使えるか使えないか私に聞いたじゃありませんか。実際には、全然使えないのはノラーラ先生だったでしょう? そんなの駄目じゃないですか。ここの医館は先生しかいないですし、頑張ってもらわないと」


 ヤンは年中ここにいるわけではない。と言うより、今の患者数を半分の時間でやって、同じ分の給料をもらおうと思っている。

 そして、もう半分の時間で、イルナスが皇太子になれるよう、いろいろと画策しないと行けないのだ。こんな言い方は本当に申し訳分ないのだが、無能なおっさんには付き合ってられない。


「悪穴に魔力を込めることができれば、それから先は応用技術なので、おいおい教えていきます。とにかく、数と経験ですから。この生活を一ヶ月くらい続ければ絶対にできるようになります」

「……っ」


 ヤンは自信を持って言いきった。もちろん、ノラーラは魔力も弱く成長期は過ぎているので、ヤン自身の修行よりはずっと軽くしてある。彼女の場合は、この一ヶ月を更に一週間に短縮した書くのもはばかられるような地獄メニューだ。


「……これってどうしてもやらないといけないですかね」

「だって、医は仁なんですよね? それって患者さんのために、心を尽くして治療に当たるってことですよね。自分が言ったことには責任をとらないといけませんでしょう? 大人なんだから」


 なんか猛烈にやりたくなさそうなのは、気のせいだろうか。恐らく気のせいだろう、とヤンは確信した。彼女のメニューはヘーゼンのメニューを5倍ほど軽くした初心者コースで、自分ならば喜んで受講している。


 ああ、私ってなんて優しい先生なんだろうか、とヤンは自画自賛した。



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