第22話 生活


 コシャ村は100人ほどの農民が暮らす小さな村である。スヴァン領の中でもかなり内地にあるので、帝都の情報は入って来にくいし、のどかでゆっくりとした時間が流れる。

 準備された住居は長屋。帝都の平民暮らしとは違い、二人暮らしの割には広い間取りが用意されていた。


「……あの僕は、イルナスって言います。よろしくお願いします」

「あらー、可愛いわねぇ」


 お隣さんになったバブおばさんのご挨拶に、ヤンは激しく同意した。平民言葉を頑張って話す皇子、至高可愛い。

 設定としては、ヤンは戯館で生まれた祇娼の娘。後に母親が大商家に身請けされ生まれたのがイルテス。その後、母親が病死。大商家の親戚に、コシャ村のスラ村長がいたので、ここに住まわせてもらうようになった。という筋書きである。


「そ、そんな適当な設定で通じるのか?」

「まあ、大丈夫でしょう。他人のお家事情なんて、人それぞれですし」


 ヤンはパタパタと準備をしながら答える。とにかく、今日中にはすべての村人たちへの挨拶を済まさなくてはいけない。引き籠もっていては、村八分の憂き目にあうし、愛想良くしてないと周囲に溶け込むことができずに良くない噂を流される可能性がある。


「さ、行こうか。イルナス」

「……うん、わかった。ヤン姉ちゃん」

「……っ」

「ど、どうかした?」

「なんでも……ない」


 危うくヤンはキュン死しそうになった。絶対に守ってみせる。この可愛い子を皇帝陛下の名にかけて絶対守ってみせると堅く誓う黒髪少女。

 しかし、あまりにもイルナスが可愛すぎるとヤンは不安に駆られた。格好は平民の服だが、やはりその高貴さが隠せてないと童子大好き少女は思う。実際、挨拶に回ると全員がイルナスを可愛いと断言した。間違いなく、隠せてない。


「可愛すぎるという罪」

「……ヤン姉ちゃん。その目してる時、ろくなこと考えていないでしょ」


 呆れるようにイルナスがジト目をする。痛いところを突かれたヤンは、童子に友達と遊んでくるよう指示をして、逃げるようにスラ村長の元へと行く。

 挨拶の後は、職探しだ。とりあえず、食っていく努力をしなくては。現在の金で数年は持つが、働いたお金じゃないと、村で何を噂されるかわかったものじゃない。


「ふむ……なるほど。で、ヤンさんは何ができるんですか?」

「基本的にはスーに叩き込まれましたから、大方はできると思います。魔法、六法、天文学、暗殺・護衛術が得意です。あとは、広く浅くという感じで、軍略も一通りは」

「……なるほど」


 気のせいか、苦々しげなスラ村長。彼はこのコシャ村でヤンたちの事情を知る唯一の人物だ。そんな彼が仕事を融通してくれるのだから楽なものだ。

 さすがに、平民での生活に魔法は使えないので、ヤンはそれ以外の知識と経験を懇々と話す。


 天空宮殿の司吏としては、ヤンは引く手数多だった。特に、魔法と天文学の分野では皇帝陛下に何度か表彰されたし、大臣賞は数えきれない。

 ちなみに、それをヘーゼンに持っていくと『功績などより能力を磨け』と頭グリグリされていた。


「……挙げたもの以外でできることは?」

「えっと……特に得意ではないですけど。結構いろいろできる方だと天空宮殿では評判高かったですけど駄目ですか?」

「だ、駄目という訳ではないんですが。どれも平民には能力が高すぎて、あまり使えそうなものがないのです」

「な、なんですとっ!?」


 ヤンは愕然とした。それなら、今まで頑張ってきたことはなんだったんだ。あんなに大変な想いをしたのに。あんなに大変な想いをしたのに。

 さすがに、あの経験を活かして仕事がしたい。頑張ったんだから。どれか、1つぐらいは何かあるだろう。なきゃ、おかしい。


「六法も?」

「む、村には掟がありますからそれで十分ですし」

「天文学はどうでしょう?」

「星なんて、別に気にしませんし」

「暗殺術もですか!?」

「それ一番駄目なやつです!」


 ヤンはガックリと崩れ落ちた。スーの教えがこんなに平民の実生活に役立たないなんて。と言うか、この年で何の技術もなかったら、マイナスじゃん。このままでは、マジで役に立たない人扱いをされてしまう。


「じゃ、初心者で恐縮ですが、村の仕事を教えてください」

「……そうですね。まあ、ほとんどの男が従事しているのが、農業ですかね」

「品種改良はやってないですか? 以前、天空宮殿の農務司で成果をあげたことがあるんですが」

「……残念ながら。女の仕事で言えば、裁縫でしょうか? ここら辺は内職で絹を織るんですよ」

「なるほど。そう言えば、姉弟子のラスベルが、織物趣味で、自動で織物をする人形を造ったそうなんですが、送ってもらいますか?」

「や、やめてください! 女の仕事がなくなってしまいます! な、なら……医はどうですかね? 一人だけ魔医がいるんです。その助手になるというのはどうでしょうか?」

「それ……いいですね」


 ヤンは深く頷いた。医療魔法ならば、割と使う方だと思う。それに、助手という立ち位置ならば、最悪、魔医が使ったことにしてごまかせる。


 ヤンはスラ村長にその仕事を紹介してもらうことにした。




 

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