第17話 過去


          *


 ゲルググが当時追っていたのは、皇位継承権第一位ユルゲルの殺人事件だった。犬狢ケバクは全員が不眠不休で犯人を追い、やっと目撃者を確保することができた。その娘の名はレナセ=ツァーリンと言った。


 怯える彼女になんとか証言を引き出そうと、ゲルググは親身になってレナセを説得した。そんな日々が続くうちに、彼は彼女に想いを寄せるようになった。

 彼は彼女に約束した。必ず守って見せると。彼女はとうとう頷いた。ゲルググの求婚への答えとともに。そこの事件が終われば、天空宮殿を捨てて、静かに暮らそうと指切りをして。


 結果として、レセナは死体となって発見された。


 上層部から捜査の打ち切りが決定されて、犬狢ケバクは次の事件へと駆り出された。数日後、レセナは別の捜査班から自殺と断定され、事件は幕を閉じた。その後、皇位継承権第一位の座を射止めたのは当時皇位継承権第三位のエヴィルダースだった。


 その報告を聞いた翌日、ゲルググが犬狢ケバクからの転属を希望した。


           *


「イルナス様、本当に信頼していいんですね?」

「……ヤン、君は教えてくれたではないか。直感で見る目を磨けと」


 黒髪の少女はフッと息を吐いて、ゲルググを解放した。直感を磨けとは言ったが、直感を信じろとは言ってないのだが。イルナスは自分の意思を貫くために言葉遊びをしている。

 しかしもう、なにを忠告したとしてもイルナスは意見を変えることはないだろう。そうであれば、信じる方に張るしかない。縄を解かれたゲルググは数回肩を動かして、ヤンを鋭い瞳で見据える。


「一度、天空宮殿に戻ろう。君たちは行方不明だと言っておく」

「……バガ・ドはどうするの?」

「今は寝かせておいてくれ。このまま、伏せておいた方が何かと便利かもしれない。名誉のために言っておくが、悪い人じゃない」


 ただバカなだけだ、とゲルググの心の声が聞こえるような気がした。恐らく、部下を信じ正義を重んじるいい上司なのだろう。

 ただ、味方にだけはしたくない。できれば敵としてゲルググが手綱を引いていて欲しいとヤンは思った。


「……今後の連絡方法は?」

「ここへ行ってください」


 ヤンは方筆で地図を書き手渡した。ヘーゼンが後ろ盾であることは、まだ伏せた。これは、彼より前にスーが知るべき情報だろう。自分たちの判断が誤っていた時、素早く対処してくれるはずだ。


「これからの君たちの行く先は?」

「スヴァン領のゼ・マン候を頼ろうかと考えてます」

「……いやにアッサリ答えるな」

「私はイルナス様の臣下ですから。この方が信じると言ったら信じるんです」

「……君も、イルナス皇子殿下も、捜査士には向いてないな」


 ゲルググは苦笑いを浮かべる。これで、味方は平民のバルカスと二人目……というのは都合が良すぎるだろうか。

 我ながら甘すぎると思うが、重要なのはイルナスとの信頼関係だ。厳しくし過ぎたり、意見を全否定したり、軽んじたりするのは臣下としてはマイナスだ。


 まあ、すべてスーの日常ではあるのだが。


 ヤンとイルナスは彼らと別れて、馬に乗り出発した。帝都を離れれば、一気に警戒が薄くなる。まずは、危険な防衛ラインは突破したと思っていいだろう。


「ゲルググから馬をもらえたのは大きいですね。ここからは、スヴァン領までは3日もあれば着きますよ」

「……ヤン、大丈夫?」


 イルナスが心配そうに尋ねると、ヤンは笑顔で応えた。魔力もかなり使ってしまったし、体力も限界ギリギリではあるが、こんなところで弱みは見せていられない。

 ヤンは紙と方筆を取り出して、文字を書き始めた。やがて、丸筒に入れて空中に投げる。すると、クチバシの大きな白い鳥が加えて東へ飛び去っていく。


「な、なんだアレは?」

伝信鳥デシトです」


 魔力を込めた丸筒を、同じ魔力が籠もった指定場所へと持っていく鳥である。伝信鳥デシトは、数百キロ先の場所まで休憩することなく飛ぶことができる優秀な交信手段だ。

 現状のヤンが直接交信できるのは、ヘーゼンと姉弟子のラスベル。2人の魔力を込めた石もあるため、逆に伝信鳥デシトから丸筒をもらうこともできる。


「誰になにを書いたのだ?」

スーにいろいろです。特にゲルググとバガ・ドのことですけど。個人的に期待しているのは、売人のバクセンですが」


 逆にヘーゼンが有用だと考えるのがゲルググだろう。優秀な捜査士は天空宮殿での情報収集に役立つ。逆に敵となる可能性もなくはないが、その時はよろしくお願いします(抹殺しておいてね)と書いた。

 しかし、今後平民として生活をするこちら側には彼らの動向などまったく影響はない。それよりもバクセン。バクセンになんとか頑張ってもらって帝都の情報をいろいろと融通してもらいたいものだ。


「ヤンは……ゲルググのことをどう思った?」

「正直に言わせて頂くと、信用するのは危険かと思いました」

「……」

「しかし、話していくうちに信頼してもいいかとも思いました。まあ、それが優秀な捜査士だと言えばそれまでですが」


 イルナス自身も不安なのだろう。しかし、正解がでるのは、もっと先だ。優秀な捜査士であればあるほど、裏切りはイルナスがよりゲルググを信頼した先に行われるだろう。

 真っ直ぐな心を持ったこの童子には、あまり傷ついて欲しくないと思うのは、自分のワガママなのだろうかと、ヤンは大きくため息をついた。




 


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