第18話 伝言
*
「ヤンから
「君らしくもなく、遅かったな」
「……申し訳ありません」
ヘーゼンの叱責に、側近のラスベルが悔しそうに頭を下げる。ヤンが飛ばした
通常はそこまで掛からないのだが、今回は秘匿案件である。痕跡を残さぬため、二回は中継を挟む。ここまでは必要不可欠な時間なので、責められる筋合いはない。
しかし、そこからラスベルが隠字を読み解くのに半日以上かかった。ヘーゼンの見立てでは2時間ほどで隠字は読み解けるかと思っていたが。
「で、なんて書いてあったんだ?」
ヘーゼンが尋ねると、ラスベルが説明する。まずは、帝都を抜けたこと。ゲルググを仲間にしたこと。バガ・ドのこと。バクセンのこと。そして、魔力を国境の境で使用したことなどだった。
「……ふむ。星読みに魔力感知されたかは探る必要があるな。しかし、この内容だけで君がそこまで時間をかけるとは。後の内容は?」
「これは……駄文なので」
「一応、読んでくれ」
青髪美女の表情が曇ったところを、ヘーゼンは見逃さなかった。一番弟子とは言えど、彼は完全に信頼はしていない。いや、彼が誰かを完全に信頼することは、もうない。
ラスベルは黒髪魔法使いの鋭い瞳で見据えられ、かなり躊躇していたが、やがて意を決したように手紙を読み進める。
「では……『ラスベル姉様、聞いてください。ねえ、聞いてくださいませ。イルナス皇子殿下ってすごく可愛くて健気なんです。猛烈至宝にお可愛くあそばすのです。あの小さなお顔。小さくて細い指。クリクリとした――「もう、結構」
ヘーゼンは、頭を抱えて制止した。いったい、なにを考えているのか。仮にも、お前、誘拐犯だぞ。国家的反逆者だぞ。かなり、脳天気な内容に、アイツの頭どうなってんだと激しく疑問に思う。
「……一応、手紙は机に置いておきますね。こんなことで、疑われるのは、正直死ぬほど辛いです」
「……ラスベル、すまん」
「ちなみに、もちろん全て隠字です。最後の数行が今回の報告内容ですが、その前の文章が意味わからない過ぎて、解読に手間取りました。次からは、最後から解読します」
「……すまん」
黒髪の魔法使いは、真摯に謝った。教育が足りなかったのだと、スパルタ
そして、すぐさまヤン用に隠字で手紙を書き始める。説教。説教。説教。数ページにわたる説教を猛烈な早さで書いた後、申し訳程度に次の指示を書いた。
そんな光景を眺めながら、ラスベルは、むしろ教育の賜じゃないかと確信した。
そもそも、ヤンという弟子は今までの弟子とは毛色が異なる。いくら困難な課題を与えても、のほほん、のほほんとこなしてくるあたり、ラスベルよりも潜在能力はあると言うのが、ヘーゼンの見立てだ。
知識の吸収、魔力量もそうだが、なによりセンスが突出している。かなりの閃き型で、間違いも多いが、驚くような成果も多い。
だが、たまに起こる暴走と、よくわからない思考回路で信を置くのは圧倒的にラスベルである。
「しかし、ゲルググは使えそうだな。元
「信用しますか?」
「する。まあ、会ってみないとわからないが、ヤンとイルナス皇子殿下の判断を信用する」
基本的に、ヘーゼンは現場での判断を尊重する男だ。上級貴族は、側近や護衛、執事など多くの人に囲まれて生活をするが、ヘーゼンはラスベルとヤンしか置かず、ヤンが外れた後の代行も置かない。人間不信で能力至上主義者のヘーゼンは、中間管理者を嫌う傾向にある。
それに、ヤンたちが信を置いたのは、戦闘という特異な状況だった。その場の感覚もあっただろう。天空宮殿での社交場で感情を隠しながら探り合うよりは、よほど信憑性のある情報だとヘーゼンは判断した。
その時、ノック音がした。『ゲルググが面会を求めている』と弟子から報告され、ヘーゼンはニヤリと笑った。
「行動が素早いな。さすがは、元
『ヘーゼンが黒幕という情報は伏せた』とヤンは書いたが、直属の上司がヘーゼンなので、あたりをつけたのだろう。
しかし、ヤンが他に暗躍している可能性も十分にあるので、自分から面会に来るとは思っていなかった。ヘーゼンは弟子に面会を許可するよう伝えた。
「失礼します。ヘーゼン
「こちらこそ。アホ弟子が世話になったようだね?」
その返答に、ゲルググは大きく目を見張った。開口一番でヤンのことを話されるとは思っていなかったのだろう。側近のラスベル自身も、ヘーゼンの行動は読めないので、心の中でハラハラした表情を浮かべていた。
「……では、ことの顛末はすでにお聞きになっていますね」
「ああ、だが君からも聞きたいな。私も、ある程度君に有益な情報を渡すことができると思う」
「有益な情報ですか……それは、ありがたい。互いにすりあわせた方が真実は見えてくるでしょうからね」
「いや、違う。それもだが、私が言っているのは、この件とは別の情報だ。君が有益になる情報だ。もちろん、私に不利になるものじゃないと言うことが大前提だが」
「……それは?」
ヘーゼンは笑顔で、レナセ=ツァーリンのことだと答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます