第16話 処分


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 激しく息をきらしながら、ヤンは思った。ヤバイなこの魔杖と。そもそも、根本的に使い方を誤っていた。

 牙影は闇属性を増幅させて戦う魔杖じゃない。異なる属性を組み合わせることで、効果を発揮する魔杖なのだ。


 ヘーゼンが闇属性持ちだから、てっきり前者かと思っていたが、これはスー以外が持つように設計されている。なんで最初に造った魔杖が自分用ではないのか。またしても、謎多きスーへの疑問が増えてしまった。


 しかし、すぐにヤンは思考を切り替えた。目下重要なのは倒れている2人。一刻も早く彼らを処分して、痕跡を消さなくてはいけない。


 ヤンはすぐにゲルググに駆け寄る。気絶状態だが、外傷はない。闇属性は身体の内部を破壊する効果を持つ。

 牙影がゲルググほどの強敵をも気絶させることができるほどの威力を持つことがわかった。扱いにくい魔杖だが、恐ろしく強い。

 ヤンは、すぐゲルググに喉元にナイフを突きつけた。


「殺す……のか?」

「はい。痕跡を残さぬようここに埋めていきます」

「……なんとかならないだろうか?」


 イルナスは、ヤンに問いかける。気持ちはわかるが、見逃すわけにはいかない。ローブで顔を覆ったからと言って、黒髪で女であることは見られている。宮中のヘーゼンはどうでもいいとしても、姉弟子のラスベルが疑われるのは本意ではない。


「このまま放っておけば、後にイルナス様にとってマイナスになります」

「しかし、彼らは誘拐犯だと思っているヤンを捕まえようとしただけだ。なんの罪もない」

「……イルナス様、覚えておかなくてはいけません。罪なき者が生き残れるのではないのです。生き残る者こそ、罪なき証なのです」


 5歳の童子にそんな考えを押しつけるのはいかがなものかとヤンは思う。しかし、現在置かれている状況からするとこう言わねば。

 追ってきた捜査士をホイホイと逃していたら、命がいくつあっても足りないのだから。申し訳ないが、イルナスには引いてもらうしかない。


「せめて、一度だけでも説得できないだろうか? ヤンは『一人でも多くの味方を作らないと』と言ってたではないか」

「……わかりました。イルナス様、説得なさいませ。駄目なら、殺します」


 ヤンはため息をついて、ゲルググとバガ・ドの両手足を縄で縛る。イルナスは恐る恐る彼らの頬を叩くが、すぐさまヤンが変わってバチーンと強烈な張り手を見舞う。バガ・ドはうるさそうなので、説得が難しそうなゲルググを先に起こした。


「ゲルググ、大丈夫か?」

「……イルナス皇子殿下。そして……ヤン=リン……か?」


 やはりバレていたかと、ヤンは頷く。ゲルググは両手足が縛られているところを確認すると、イルナスとヤンを交互に見つめる。さすがに元犬狢ケバク。尋問される方も手慣れているのかもしれない。


「私はすぐに処分しようとしたのですが、イルナス皇子殿下がイタズラに命を奪わないよう指示されました。その慈悲に感謝なさい」

「やはり……君は誘拐犯ではないのだな?」

「いえ。誘拐犯ですよ。誘拐しなければ、イルナス様が殺されますから」


 真鍮の儀式の前段でイルテスが皇太子に内定したこと。天空宮殿から逃げなければ、他の皇位継承候補に殺される可能性が非常に高いこと。

 ヤンはことの顛末を端的に話した。十中八九は駄目だろうと思うが、彼が味方になってくれれば大きい。


「……なるほど、派閥争いに巻き込まれたという訳か」


 ゲルググは唇の端を歪ませて笑った。ヤンはその表情を見て心が暗くなる。元犬狢ケバクという経歴から気づくべきだった。

 この男は、政治が捜査に影響していることが嫌で犬狢ケバクを抜けたのだろう。


「……派閥はお嫌いですか?」

「ああ、嫌いだね。派閥によって左右される状況も嫌だし、派閥によって捜査をするしないを決める上層部も反吐が出る。こっちは命をかけているのに、あっちは私たちのことを単なる駒としか見ていない」

「……」


 ゲルググは殺される覚悟で話をしている。それは、伝わってきた。ヤンにはこれ以上説得する言葉は持たない。彼は彼で相当辛酸を嘗めてきたのだろう。いや、ヤンの想像以上の出来事があったのかもしれない。


「さっさと殺せ。覚悟はできている」

「……殺される覚悟はあるのに、生きぬく覚悟はないのだな?」


 イルナスはつぶやき、ハッとゲルググは上を向いた。童子の瞳には涙が溜まっていた。怒りなのか、悲しみなのか、それとも恐怖なのか。声を震わせて、必死にゲルググを睨みつけて。


「なぜ命乞いをせぬ? なぜ助かる機会を棒に振る? 僕が弱いからか? 僕が何の力も持たぬ皇位継承候補者だから、どうせ味方についたところでと……そう思っているのか?」

「……派閥は嫌いなんです」

「なにがあったかは知らぬ。聞かぬ。好きもあろう。嫌いもあろう。ただ、それがゲルググ、お前の死ぬ理由か?」

「……」

「嫌いになったから死ぬ。なら、好きになったら生きるのか? ゲルググ、ならば、お前は何に命をかけていた? 上層部から駒と見られてまで、お前はなぜ捜査士を続けているのだ?」

「……」

「ゲルググ……僕には何の力もない。派閥も、権力も、後ろ盾も、地位もすべて失ってしまった。しかし、は生きる。どんなに情けなくとも、逃げて、逃げて、生き延びる。そなたがのような弱い者を守るために命をかけていたのなら。それでも強くなりたいと思うを助けてはくれないか?」


 ゲルググはイルナスをジッと見つめ、やがて首を縦に振った。




 

 

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