第15話 戦闘
「イルナス様、操られているフリをして離れてください」
ヤンは耳元で童子にささやき、立ち上がった。そして、自身の魔杖である牙影を構える。漆黒でしなやかな細長い杖に、敵の2人は目を見張った。初見でしかも珍しい魔杖なのが、少ないこちらの優位点である。
これは、ヘーゼン=ハイムが初めて造り出したとされる法具である。闇の力を司るそれは、法具の中でも異色とされている。
バガ・ドの魔杖はとにかくでかい。巨大な丸太のようなもので、持っているだけで大変そうだ。ゲルググの魔杖はヤンの牙影よりは太いがより長い。近接系の能力も持ってそうだ。
ヤンは、牙影の先端を3度揺らして集中する。すると、闇の塊が3個、ヤンの周りに浮かびあがる。
「喰らえい、我が魔杖『砲臥竜』!」
バガ・ドが叫びながら大炎を放つ。そのまま、ヤンに命中する矢先、影の3つが大炎を防ぐ。それは、たちまち空中で霧散する。ゲルググはその様子を不気味に眺めている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
途端にヤンの全身から汗が噴き出る。この牙影……猛烈に扱いづらい。そして、相手の魔杖『砲臥竜』も強い。威力は上級貴族の中ぐらい。こっちは3つの影で相殺したが、威力は確実にあっちの方が上だ。
そして、魔力の消費が半端じゃない。中貴族の下位ぐらいの威力にも関わらず、その10倍ほどの魔力を吸い取られる。操作方法が違うのだろうか。
「なかなかやるな! 今度はこれはどうだ!?」
次にバガ・ドが放ったのは、無数の炎。散弾状にヤンに向かって襲いかかってくが、彼女は牙影をクルリと一周高速に回す。すると、闇の壁ができて、すべての炎を弾いた。
ヤンは思った。バガ・ドはいちいち初心者に優しい。リアクションが大げさで、魔法を放つ前に言ってくれる。
ヤンは、牙影を大きく上下に揺らす。すると、バガ・ドに向かって黒い刃が放たれる。突然の攻撃で面を喰らったのか、老人は砲臥竜を大袈裟に振り、巨大な炎で相殺した。
なるほど。小さく揺らすと闇が貯まり、空間を描くと、壁になる。大きく揺らすと刃状に放たれるのか。戦術の柔軟性は多分にある。
要領はわかってきたが、元々この大陸に闇属性持ちは少ない。ヤン自身もヘーゼンには教えられたが、闇は元々得意でもない。
これで、
さっきから、バガ・ドとヤンの戦いを見ながら一歩も動いてこない。先ほどの身のこなしや素早い判断力から戦闘に自信がないようには見えない。
ヤンは牙影を何度も何度も小さく揺らす。
3……8……16……よし!
そして、大きく上下に牙影を動かした。すると、無数の闇が刃状となってバガ・ドに襲いかかる。
「ぐわあああああああああっ!」
叫び声をあげた老人の前に、ゲルググが立ちはだかり、魔杖を地面に置く。すると、巨大な水柱が発生して闇の刃をすべて飲み込んだ。
「……そんなものか。だいたい掴めた」
ゲルググは、静かな声で答えた。ヤンは彼の魔杖を見ながら、思わず崩れ落ちそうになった。魔杖『柳流』。水属性の防御系法具である。本で読んだことのある有名な魔杖。
そして……こいつ、元
ヤンの動悸がますます激しくなり、魔力もだんだん乾いてきた。この扱いづらい魔杖で長期戦に入れば、絶対に負ける。
そもそも、なぜあの
考えれば考えるほど、なんか他にあったでしょうよ、と思わざるを得ない。
このままじゃ駄目だ。ヤンは、別のアプローチで魔力を注ぎ始める。今度は、ただの魔力ではなく、自身の得意な風属性を込めて牙影を小さく揺らす。
すると、無数の闇が今度は激しく動き出す。まるで暴風のように、乱雑な動きをするそれは、ヤンの周囲で激しく舞った。
「な、なんだそれは……」
ゲルググの問いに対して、ヤンは不適な笑みで返す。とてもじゃないが、わかりませんと言える雰囲気ではないし、そもそも声ばれする危険もある。
複属性にしたことで、何らかの作用が起こっているのは間違いないようだが。
ヤンはそのまま牙影を上下に大きく動かす。すると、不規則な動きをした闇が暴れるように固まって、細い渦状の形態となって襲いかかる。
「くっ……なめるなー―――――」
バガ・ドが砲臥竜を構えて炎竜を発生させ、闇に向かってその口を開けるが、それは、竜の腹を食い破るように霧散させた。
更に、ゲルググが発生した水柱も衝突した途端に上下左右に拡がり、別方向からゲルググとバガ・ドに襲いかかる。
「ぐわあああああああああああっ!」
その不規則な軌道について行くことのできない2人は、闇の塊を直撃で喰らった。バガ・ドが大きな声で叫び、ゲルググが胸を押さえその場に崩れ落ちた。
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