第13話 関所



 ヤンたちは森を抜け、ダクナの町に辿り着いた。西境界と呼ばれるこの地は、帝都を超えるための関所が存在する。下手に迂回して越えようとすると、帝都を結界で囲っている星読みの魔力感知に引っかかる恐れがある。

 しかし、ひとまずここまで来ることができ、ヤンはホッと息をつく。


「追っ手は来ないようですね。スーが上手くやってくれたようです」

「……あのヘーゼンという者はどういう男なのだ?」


 先日の鬼畜所行が記憶に新しいのだろう。怯えたようにイルナスが尋ねるが、現時点でヤンは説明できる言葉をもたない。実に2年間、超濃密な時間を過ごしたが、とにかく性格は最悪。

 知略・暴力・魔力。どれをとっても彼の右に出る者はいないと弟子ながらに思う。しかし、それが彼を表すほんの一部分に過ぎないことを、ヤンは知っていた。


「総じて言うと、ヤバい人ですね。有能であることは間違いないですが。とにかく、信用はしても信頼はしてはいけない人です」

「……弟子なのに?」

「弟子だからですよ。イルナス様、断固として私はあなたの味方ですからね」


 スーを思い浮かべて、若干体温の下がった黒髪少女はギュッとイルナスを抱きしめる。

 『や、やめてくれ』と照れてもがく様が、また可愛い。ヤンが腕に傷を負っているので、あまり抵抗しない気遣いも、健気で最高に可愛い。


「ともあれ、微力ながら私も細工はしました。仮に、犬狢ケバクなどが追ってきても、この短時間では私たちの元には辿り着けないでしょう」


 最高捜査士は、確たる証拠の積み重ねで犯人を追い詰めていく徹底的な合理主義者たちの集団だ。

 ヤンはあえて、いくつもの非合理的な痕跡と偽の痕跡を至る所に残している。そして、それは自分たちの進路に決して行き着かない罠だ。

 追跡者というのは、合理的であるほど痕跡を重視する。そして、その分時間がかかる。


 その痕跡を無視しながら進むのは、よほどの直感・猪突猛進型、いわゆるバカでないとできないが、そもそも最高捜査士にはいない。

 彼らは上級貴族の中でも上位のエリート集団だ。そんな彼らが組織にバカを残す風土を作る訳がない。そして、直感・猪突猛進型であれば、初手に選択するのは貴族地区だろう。


 追跡者がどちらだとしても、容易に辿り着くことはできないだろう。


 ヤンたちは町に寄り、まず馬車をもっている農民を探し始めた。さすがに時間が経過しているので、情報が出回っている可能性がある。

 面と向かって関所を通るのはリスクが高い。ヤンと一緒に、全力でキョロキョロするイルナスだったが、やがて嬉しそうに裾を引っ張ってくる。


「あっ……ヤン、あの者が馬車をもってるぞ?」

「……あれは駄目ですね。商人は耳にさといので、すでに情報をもっている危険があります。農民の方がいいんです」


 ヤンが答えると、イルナスがシュンとする。めまぐるしく、可愛い。そんな全力で抱きしめたい衝動を抑えながら捜索を続けると、一人の若者を発見した。馬に荷台を乗せて、米樽を4つ積んでいる。

 すぐに、ヤンはその農民と交渉して1つの米樽を空けてもらうことにした。話を聞くと、年に数度ほど関所を通り、関官とも顔見知りらしい。


「だ、大胴貨1枚? あんたら、犯罪者には見えないけど……なにやったんだ?」

「……深く聞きたい?」

「い、いやいい!」


 ヤンの意味深な微笑みに、銭を受け取った農家の若者は断固として拒否した。若者は村の婚約者に髪飾りを買っていってやりたいため、どうやら何かと入り用らしい。

 そんな中、樽の米がもったいないので売らしてくれと農民が訴える。ヤンは二つ返事で了承した。嬉しそうに商人の元へ走って行く農民を見送りながら、イルナスは不安な表情を浮かべる。


「いいのか? あまり時間がないのだろう?」

「焦ってはいけませんよ。時間も大事ですが、ここでは怪しまれない方が重要です。幸い、あまり深く考えない人みたいですが、さすがに米樽分も支払うと言ったら不審に思うでしょう」


 物事には相場がある。帝都を抜ける事情は、それぞれ異なるが、国家反逆罪に手を貸すなど、大金貨十枚でもごめんだろう。

 用意した筋書きは、大商家に身請けされた戯館の祇娼である。そして、4年前に子を産んで帝都外の知り合いに預けに行く。こんなストーリーを会話の節々に散らしておいたので、そこまで警戒はされていないだろう。


「いい話じゃありません? これなら、関所で捕まったとしても罰金で済むので、ハードルが低いです」

「……なら、もったいぶって隠さなくてもよかったのに」

「聞かれれば、答えるというのが重要なのです。自分からペラペラ話すのは、3流の詐欺師ですから、すぐに嘘がばれます」


 イルナス様も、詐欺師になる時にはお気をつけなさいませ、と言うと慌てて童子はブンブンと首を横に振った。その様子を見ながら、ヤンは笑った。











 


 

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