第10話 捜査


 貧民地区に馬倶マングの捜査班が到着し、一斉に聞き取りを開始。捜査長であるバガ・ドは基本的にゲルググとコンビで捜査する。要するに、暴走老人のお目付役だ。

 残りの3人は散らばってバガ・ドに情報を集める捜査スタイルである。

 そして、聴取から2時間後、ペプトが気になる証言だと言って、一人の貧民を連れてきた。


「おかしな二人組がいたんだよ。ほら、あそこにある糞の周りで10分以上立ったんだ。で、子どもに『糞を掴め、糞を掴め』と黒髪の女が指示してるんだよ、おかしいだろ?」

「それは……ただのヤバい女だな」


 真面目に聴取しながら、ゲルググは大きくため息をついた。怪しい者の目撃者を連れてこいとは指示したが、異常者の目撃者を連れてこいとは言ってない。

 しかし、治安維持のため、帰りに平民捜査士には報告しようとゲルググは心に決めた。


 貧民地区は、現状の政治状況を反映する場であると言われる。仮にそんな遊びが流行っているのなら、皇帝の治世も乱れてきたと感じざる得ない。乱世乱世、そんな風にゲルググが想いを馳せている中、バガ・ドは怒りに老体を震わせる。


「おおおおっ、なんたる不敬。そのような不敬物をイルナス皇子殿下に握らせる……許さぬ。決して許さぬぞ国賊。皇帝陛下グレイバースの名にかけて、必ず正義の刃で両断して見せる!」

「……バガ・ド捜査長、落ち着いてください。勝手に陛下の名をかけるのは不敬ですので、あまり大きな声で言わないでください」


 それに、自分たちが追っているのは誘拐犯で狂人ではない。多分違いますよ、とバガ・ドを諭すが、一向に聞いてくれないので、あきらめて目撃者に彼女たちの人相を尋ねた。


「でも、金髪で小さな子どもだったんだけどな……で、少女の方は黒髪で」

「……で、結局やつらはどうしたんだ?」

「知らないよ。気味が悪かったんですぐその場を離れたし」

「……ふむ」


 ゲルググは妙に気にかかった。イルナス以外にヤンという上級貴族も行方不明になっている。他にも数人同じ時期に行方不明になっているが、彼女の髪の色は確か黒だった。これは、偶然の一致なのだろうか。


 そもそも、自分たちに出番が回ってきたと言うことは護衛長ビシャスの見立ては皇族案件だろう。ヤンは、派閥には無関係のヘーゼンの弟子であるので関連性は薄いとゲルググは見ていた。

 しかし、ビシャスの見立てが外れている可能性も多分にあるので、判断が難しいところだ。


 それから1時間後、レッセとファゾが帰ってきた。彼らは商業街で聞き込みを行っていたが、やはり金髪少年と黒髪少女の証言が比較的多い。

 そして、さっきから黙って聞いているゲルググに、バガ・ドが尋ねる。


「ゲルググ、なにか気になっているのか?」

「……強いて言うなら、黒髪の少女と金髪の少年というところでしょうか」

「黒髪も金髪もそこまで珍しくもないだろう?」

「はい、確かに。しかし、それは単体で見た場合です。2人組で歩くケースはあまり聞いたことがありません」


 金髪がラジト民族、黒髪がベルルート民族を祖先持つと言われている。このノルマンド帝国は多民族国家だが、これらの民族はあまり仲がよくない。

 互いに住む地域も異なるし、習慣も違う。貴族内では、むしろ派閥が力を持つため、仲がいいこともなくはないが、貧民や平民同士では非常に稀なケースだ。


「……なるほど、確かに。さすがはゲルググだ。早速この2人組を中心に捜索するとしよう」

「ちょ、ちょっと待ってください。落ち着いてください。もっとよく考えて決断しましょう」


 むしろ、最初の証言がおかしすぎる。普通の誘拐犯であれば、皇子に糞を握らせるなんて意味不明な行動は極力避けるべきである。まるで、異常な行動をして目立とうとすらしているような者が犯人だとは考えにくいところもある。


 捜査は初動こそ、慎重に行わなければいけない。最初の手がかりを掴めるかどうかが、検挙率に大きく関わっている。なんの確証もない今の状況で、この2人組を追ってしまうことは非常に危険だ。


「……わかった。では、二手に分かれようではないか。ベプト、レッセ、そして私は貴族地区の商業街に向かう。バガ・ド捜査長とゲルググは引き続きその2人組を追う」

「あ、あなたは戯館に行きたいだけじゃ――「なるほど! 名案じゃないか、ファゾ! でかした。では、ゲルググ、私に続け!」

「あっ……ちょ……待っ……」


 ゲルググの制止を最後まで聞くこともなく、バガ・ドは馬に乗って走り去って行った。


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