第3話 桜華

「桜華さま、うちの息子が辻斬りを行っているのを見てしまったのです、どうか、どうか、お助けください!」


数時間前、街を歩いていると急に品の良い女性から声を掛けられた


「あまり気乗りはしなかったのだが・・・、やはりこの格好は目立つか・・・」


青、緑、白のグラデーションの羽織を着て歩く姿は町の人々の目を引いた

歌舞いているつもりは無いのだが、それなりに有名な剣士となったからにはそれなりの恰好を仕立てたつもりなのだが


「デザインを任せたのはまずかったか、お陰で見ず知らずの他人からいきなり厄介ごとを懇願されるとは・・・」


《やはり断ればよかったか・・・しかし、内容が内容だけに放ってはおけないし、いつもは奉行所を通じての仕事しか行ってはいないのだが・・・、相談しにくいな・・・どうしたものか》


桜華は小一時間街をウロウロしながら悩んだ末、依頼者の屋敷まで歩いてきていた


「武藤家・・・立派な屋敷だな・・・」


普段からお武家様との交流をあまり持たない桜華は表札を見てもどの程度の位なのか見当も付かなかった


「まあよい、取り合えずは様子を伺ってから決めよう」


剣の腕に自信のある桜華にとって辻斬り程度に負ける気はしなかった

桜華は屋敷の門くぐり中へ入り声を掛ける


「失礼致す、屋敷の者は何方かおらぬか」


入口で掛けた声が大きな屋敷に木霊する、屋敷の大きさの割には静かすぎる

桜華はすぐに警戒する


「これは、これは桜華さま、お越しいただきありがとうございます」


使用人ではなく、依頼者の奥方直々にお出迎えだ

しかし、そんなことよりも、奥方の移動による僅かな空気の流れが血の匂いと共に運んできた


桜華は奥方にそれ以上しゃべらないように手で口を紡ぐ合図を送り、屋敷へと入る


微かな血の匂いを辿り、桜華は屋敷の中を進む


《ここか・・・》


部屋は開け放されており、廊下から部屋の様子が伺えた

20畳ほどの大広間はすべて襖で覆われいたが、右奥の襖から血の匂いと人の気配を感じる


《あそこか・・・》


桜華は罠を経過し忍びの如く鴨居に手を掛け鴨居走りを行う

素早い走りから背中にスリットの入った羽織がなびく


右奥の襖まで来ると飛び降りると同時に回転しながら襖を凪切った


視界に入るは、猿ぐつわに目隠しをされ、正座させられた子供と血の付いた刀が床に突き刺さっているように見えた


《やはり罠か・・・》


着地した地面の足元から刀が突き破ってきた

桜華は軽業師の如く背後に1回転し避ける

畳を床板事ぶち破り、見覚えのある人物が姿を現す


「久しいな桜華、やはり俺が満足する相手はお前しかいない」

「兄者か・・・」


桜華が呼ぶ兄者とは本当の兄では無く同じ師を持つ兄弟子である

正当な剣技で戦う桜華に比べ兄弟子は死体をも利用する不意打ちを得意とした邪剣で骸と呼ばれ嫌われていた


不意打ちを得意とする骸ではあったが剣の腕は一流であり、桜華と同じ師匠と云うことでも有名であった


2人に言葉は無用、逆刃で激しく打ち合う、2人がやり合えば刀が何本あっても足りない

しかし、桜華は女、骸は男、やはり技術は同じでも腕の長さ、力、体力は骸に軍配が上がる


「どうした桜華、温い仕事ばかりで腕が落ちたのではないか?」

「兄者こそ人を殺めすぎて、剣筋に曇りが出ていますよ」


打ち合いの最中の一瞬の出来事であった

襖の破片が右目を微かに通過した瞬間、お互いの剣先がお互いの首筋を掠め交差した

桜華は濡れ縁に足を掛け、屋敷の外に飛び出し門を抜けその場から逃げた


「手ごたえはあったが、踏む込み過ぎたか・・・」


グラデーション入りのお気に入りの羽織が首からの出血で血に染まる

桜華は屋敷から離れた人気のない場所の岩に背を預けた

恐らく助からないだろう、自分でも自覚ができた

しかし、骸が追ってこない所を見ると相打ちだったと言う事か


《師匠の名を汚す骸を始末し、これから先に被害者がでないだけでも上出来だったかもしれない・・・、目が霞む・・・》


真っ白い何も無い空間、その先に人が歩いている

背中からでも分かる、師匠だ

桜華は師匠の名を呼びながら急いで駆け寄るが師匠は振り向こうとはしない

師匠の前に周り込もうとしたが師匠に睨まれて体が止まる

桜華はその場から動けなくなった

師匠の姿が小さくなっていくのを、呆然と眺めていると

その背中を追いかけるもう1人の人物・・・

骸だ

骸は師匠の後を歩いていく、しかし自分も付いて行きたいのに足が動かない

真っ白な中を進む師匠と骸はやがて姿が見えなくなっていった


桜華は師匠の名を叫ぼうとするが声が出ない、必死に、必死になんとか声を振り絞ろうと言葉にならない声を発した瞬間に目が覚めた


「ここは山の中?」


周りが木々に覆われたその先に古びた茶屋が立っているのが目に映った

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