第30話 ただ、日常の

 朝、起きるとぼっーとしていた。


 こんな時間か……。


 部屋に鳴り響くアラームの音が印象的であった。先ずはコーヒーだ。キッチンに行き熱いコーヒーを入れる。朝は冷えてきたので、ホットコーヒーが美味しい。わたしは椅子に深く座り、昨日の事を考える。


 確か……さおりんと夜遅くまでメッセージ交換をしていた。この気持ちはさおりんが追憶の恋であるかと思わせるほど懐かしく感じた。わたしはそんな気持ちで庭に出ると枯れたアサガオの鉢が目に入る。季節は晩秋であった。今年の夏は色々あった。思えば気まぐれから始めたアサガオを育てる事から始まったのかもしれない。さて、学校に行かねばと、思い、わたしは日常を始める。わたしは数学と化学の参考書を余分につめる。義足のわたしには鞄が重くなるのはかなりキツイ。それでも、勉強がしたかった。教室に着くと、さおりんが先に来ていた。


「えへへ、眠そうだね」

「あぁ、昨日は少し夜更かしをし過ぎた」


 そんな何気ない会話が続いた。


『終わりが近いよ』


 さおりんとの会話中にまた、声が聞こえた。脅える、わたしはさおりんから一方的に離れ、参考書を広げる。遠目にさおりんが寂しそうにしている。落ち着け、この声はわたしの弱さそのもの。ふと、教室の窓を見ると。わたしが外を眺めている。それは声の主であった。わたしの幻影は何かまた喋ると風の様に消えていまう。最後の一言は聞き取れなかった。


 その後、ショーホームルームが始まるまで参考書を片手に勉強していた。イヤ、正確には勉強しているふりであった。それは幻影の言葉に支配されて参考書の内容など入ってこなかった。


    ***


 最近のお昼の事である。文芸部にさおりんと二人で入り浸っている。天敵の角田先生から逃れる為だ。陽美々が固定席で居眠りをしている。部長のクドーさんは会議らしい。底辺部活でも管理職は大変だ。わたしは自販機で買ったミルクコーヒーを飲んでいた。


「そうだ、さおりん、少し、課題を片付けよう」


 それは午前中に行われた世界史の授業からの課題が出ていたのだ。ミルクコーヒーの缶を置き、スクールバックから世界史の教科書を取り出す。


「えー、今は休みたい」

「ダメだ、やれる時に片付けないと次の勉強ができない」


 さおりんも渋々、世界史の教科書を取り出す。わたしはさおりんに教えながら課題をこなす。


 うぐぐぐ……。


 さおりんは課題が難しいのか唸っている。ここは優しく教えようと思い、奮闘する。


「あ~、ここは文芸部の部室だぞ、わたしも仲間に入れろ」


 陽美々が居眠りから目覚め勉強会に参加したいとのこと。わたしが快諾すると、陽美々が世界史の教科書を取り出す。


「今日の課題は産業革命の始まりからだ。解るか?」

「繊維産業からの始まりだな」


 陽美々は要領がいい。それに対してさおりんは……。


「アラブの石油王の誕生?」


 聞いたわたしがバカであった。とりあえず、課題は穴埋めだし多くを求めるのは止めよう。カリカリと静かな勉強の時間が流れる。


「おや、勉強をしている」


 クドーさんが会議から帰ってきた。クドーさんは勉強会を見て、ほっ、ほー関心する。さて、クドーさんがご飯の時間だ。

 課題はここまでにしよう。わたしは二人にペンを置く様に言う。


「ふ~う、終わった、終わった」


 さおりんはバタバタとノートをうちわ代わりして頭を冷やす。まったりするな、課題は終わっていないだろう。


「陽美々も頑張った様だな。会議で配られたお茶だ、飲むといい」


 クドーさんが陽美々を労うのであった。陽美々がそのペットボトルのお茶ぐびぐびと飲み満足していると。クドーさんがお弁当を食べ始める。


 わたしは本棚にある青い鳥文庫を取り出して読み始める。すっかり、文芸部の一員だ。さおりんは食べ足りないのかコンビニのサンドイッチを食べ始める。


「もぐ、もぐ……」


 喋るか食べるかどちらかにしろ。わたしはさおりんにペットボトルの水を与えると。


「気が利くな、ところで、陽美々とクドーさんの百合疑惑はどうなったのだ?」


 空気は今更である。皆でさおりんをジト目で見ていると。


「……そうか!公認カップルなのか」


 一瞬の沈黙の後でさおりんが叫ぶ。わたしは文庫本を置き教室に戻るかとさおりんに提案する。タダでさえ、クドーさんのわたしへの想い疑惑が有るのに今更、百合公認カップルなどと大声で言うな。


「まて、コンビニおにぎりがまだある」


 流石、さおりん、食い物に逃げたか。大きな口でおにぎりを頬張るさおりんであった。


  ***


 黒猫のリーダーが日向で寝ている。季節は小春日和の代名詞が似合うのであった。あー紫陽花の季節が恋しい。わたしはこの季節苦手だ。リハビリの記憶がよぎるからだ。義足でようやく歩けるまで頑張った記憶がある。


 イヤ、この季節が苦手なのは昔からだ。わたしは斜めに傾いた日差しを受けて目をつぶる。黒猫のリーダーが寄ってくる。日差しの中からは何も見えなかった。


「リーダー、ご飯にしよう」


 わたしはリーダーにカリカリのエサを与える。 この日常はさおりんが居なくても成り立つ。


「さおりんが居なくなったら、リーダー、お前だけだ」


 しかし、リーダーは食べ終わると庭の奥へと消えて行く。独りか……。孤独慣れはしているが、この想いは何処に行くのかとセンチメンタルになる。


 おっと、学校に行く時間だ。わたしは自室に戻り制服に着替える。気がつくと携帯にさおりんからのメッセージが届いている。


『教室まで競走だよ』


 わたしは携帯を操作して、一枚だけあるさおりんの横顔を見ると心が微笑む。さて、出発だ。自室を出ると玄関に向かう。気がつくと先程庭に消えた黒猫のリーダーが待っている。


「ゴロゴロ」


 わたしはリーダーの頭を撫でていると。そうだ、さおりんと教室にどちらが速く着くか競走中であった。重い左足を感じながら歩き出す。


  ***


 バスに揺られている。登校途中の一コマである。わたしは英語の単語長を見ていた。勉強に疲れた、完全に目がショボショボする。ふ~う、少し休むか。単語長をしまい、携帯を取り出す。


 一枚だけあるさおりんの横顔を見て癒やされる。少し画像をアップにするか……。わたしは画像を操作していると。うっかり消してしまった。仕方ない、撮り直すか、


 教室に着くとさおりんを探す。アリァ、さおりんが居ない。ついてないな。ここは、メッセージでさおりんの居場所を聞くか。


『図書室で寝ている』


 そんなメッセージを受けて図書室に向かう。どうやら朝のショートホームルームは出ないつもりらしい。良かろう、自由なさおりんらしい事だ。とにかく、早くさおりんの横顔を撮らねは。図書室に着くとさおりんはアインシュタインの自伝本を読んでいた。


「さおりん、頭が良さげな、本を読んでいるな」

「凄いでしょう『に』の数を数えているのよ」


 何だ、この嫌な予感は……楽しげにさおりんは更に語る。


「1ページ、1ページ『に』の数を数えているのよ、それが終わったら、次は『の』の数を数えるのだ」


 だから、なんやねん。


 さおりんのアホな遊びを止めて、ショートホームルームに出るように言う。当初の目的であったさおりんの横顔は棚上げだ。ブウブウ言うさおりんと一緒に教室に向かう。


「このまま、授業をふけようよ」


 1限は体育であった、確かに見学の時間は苦痛そのものである。さおりんの顔はドラ猫の様な笑みを浮かべる。


「2限の英語の授業までだぞ」

「えへへ、勝ちぃ」


 何だこの敗北感は……。苦痛でも体育の授業に出るべきだと迷うがすでに遅しだ。


「それで、何処にいくのだ?」

「体育館の奥の奥だよ」


 体育館の奥と言えば、女子体操部の練習場だ。そこは男子禁制の花園である。さおりんに導かれて体育館を進む。その花園にあったのは卓球台であった。


「ここは一部の女子しか知らない、余暇の空間だよ」


 何故、さおりんがこんな場所を知っているかは謎だが、やる事は卓球だけであった。


 普通に卓球が始まり、ボロ負けの結果が待っていた。義足のわたしが勝てる方がおかしい。本当に体育の見学の方が良かった。2限の英語の授業が始める頃にはさおりんは上機嫌になっていた。

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