第26話 失ったモノ

 中三の夏に交通事故にあった。気がつくと、左足首から先が無く、最初は悪い冗談かと思った。それから、退院の日は雨が降っていた。


 あれから二年、今日も冷たい雨が降っている。わたしは机の片隅にインスタントコーヒーの入ったマグカップを置き勉強している。携帯を片手に勉強だ。そう、最近は動画投稿サイトに講義がアップされている、具体的には数学の過去問などが解りやすく解説されているのだ。


 しかし、最後は必ずノートで問題を解くのであった。


 ふ、このレベルではT大は無理か……。


 リハビリで使った時間とその後の挫折の日々でのブランクは大きい。少し、心の傷が痛む感じだ、外の天気を確認する為にわたしは立ち上がり、窓に向かうと外を眺める。


 雨がシトシトと降っている。この雨、嫌な事ばかり思い出させるな。しょげていても仕方がない、わたしは再び机に戻り勉強を再開する。歯痒い気分だ、ここはさおりんにこちらからメッセージを送るか。


 しかし、文面を長考するが出てこない。


 携帯とにらめっこしていると。偶然か、さおりんからメッセージが届く。


『やっぽー、元気してる?』


 さおりんは暇をしているらしい。


『天気が雨なので落ち込んでいる』


 気分を聞かれたのだ。この文章でいいはずだが、かなり疑問に思うであるが仕方がない。


 送信と……。


 しばらくして、返事が返ってくる。


『なら、カラオケに行こうよ』


 今からか……一時間くらいしか歌えないな。本当ならさおりんの声が聞きたいし、一緒に歌ってもいい。この気持ちは素直になれない感じであった。


『すまん、カラオケの気分ではない』


 断りのメッセージを送ると大きく息を吐く。この雨だ、出かけるには気が引けると言い訳を考える。


『なら、オンラインで話そうよ』


 確かに便利な時代だ。さおりんは顔を見て話したいらしい。しかし、さおりんに流されてばかりだ。わたしのこの気持ちは何処に向かうのであろう?


 そんな疑問が生まれるのであった。


 よし、ここはオンラインだ。気持ちを切り替えてオンラインアプリを起動する。


 黒猫のリーダーの元気がない。部屋に閉じこもりご飯も食べずに外ばかり見ている。わたしがリーダーに近づくと膝に乗ろうとする。良かった、わたしの事が分るらしい。リーダーを膝に乗せてゴロゴロする。


「どうしたんだ?」


 リーダーに話しかけるがしょげてしまう。母親を呼びリーダーについて聞いてみる。


「しょげているのは、あなたの方でしょ」

「え?」

「勉強を再開したのはいいことだけど、暇さえあればため息をついてね」


 そうか……リーダー、ゴメン。


「ゴロゴロ」


 わたしはリーダーの頭を撫でてみる。リーダーはわたしの膝の上で眠そうにしている。


 これが黒猫のリーダーの本音……。リーダーは少し元気になる、それは大切な人を失うとの気持ちがあったらしく、わたしの気持ちが伝わり安心したようだ。


 それに比べて、わたしはさおりんを失う恐怖で満たされている。ここはわたしも気を引き締めて生きねばと思う


「リーダー、ご飯にするか?」

「にゃー」


 わたしはリーダーにカリカリのエサを与える。ガツガツ食べるリーダーは変わりない可愛さであった。


 さおりんのガツガツ食べる光景を思い出す。わたしの生きる世界のさおりんか……。


『はぁー』また、ため息だ。


 ここはわたしも元気を出さねば、リーダーに心配をかけてしまう。少しコーヒーを飲んで勉強に戻る事にした。


 わたしは数学の勉強を始める。得意の微積以外はまだまだであった。数列に確率……先は長い。


 ふう~集中力が切れたな。わたしはT大を目指した頃に比べて確実に集中力が落ちている。携帯を取り出して、一枚だけ残してある、さおりんの写真を見る。メロンパンをかじる横顔である。


「にゃー」


 自室に黒猫のリーダーが入ってくる。また、心配をかけているのか?わたしはリーダーに近づいてナデナデする。最近、リーダーにかまってあげれなかった。だから、ご飯も食べずに外ばかり見ていたのか。


「ゴメンな、リーダー、でも、今は勉強も大事なのだ」


 そう言うと机に戻るのであった。


   ***


 ギャルのクドーさんに放課後に呼び出される。さおりんも来るようにとのこと。

場所は部室棟の文芸部の部屋だ。部室に一歩入ると、シャンプーのような甘い香りが立ち込めている。そう、机の上に並べられたのはコスメの品々である。


「陽美々とさおりんは本格メイクは始めてね」


 ギャルのクドーさんは先生のような口調で話し始める。どうやら、コスメ教室を行うらしい。


「さおりん、コスメで勝負よ」


 陽美々は勝つき満々である。陽美々は一足早くコスメ指導を受けたらしく、顔は華やかである。


「さて、さおりんの番よ」

「は、はい……」


 クドーさんに言われるまま、アイシャドウに口紅と次々にメイクをされていく。


「さおりんはその童顔を活かして、口紅は桃色にしたわ」


 流石、クドーさん、ただ大人メイクではなくさおりんに合ったモノを選んでいる。

それからメイクが完成すると。さおりんは100倍可愛いのであった。


 恐るべしクドーさんである。さて、わたしの役目は勝者を決める事である。


 む、難しい……。


 そもそもメイクで優劣をつけるのが間違っている。そんな事を考えながら小首を傾げていると。さおりんが部室の中で一回転する。可憐なさおりんは正にヒロインであった。


「勝者、さおりん」


 言ってしまった。それを聞いた陽美々はガッカリであった。


「クドーさん……」


 陽美々はクドーさんに泣きつくと、よしよしとクドーさんは陽美々をナデナデする。


「だから、口紅のブラウンは似合わないと」


 どうやら、陽美々は自分で口紅の色を選らんだらしい。それが陽美々に感じた違和感なのかと納得する。


「さて、メイクは落とす時間だ」

「えーせっかく綺麗になれたのに」

「ダメだ、ここは学校である、校則違反では無いが目立ち過ぎる」


 クドーさんとさおりんのやり取りはわたしも残念であった。それに裏事情として、コスメはお金がかかるとのこと。普通の女子高生のクドーさんには高くつくのだ。


 でも、何故突然のメイク教室なのだ?


 クドーさんに問うてみると。


「女子はいつでも綺麗でいたいもの、たまたま、雑誌を見ていたら二人にメイクをしたくなったのだ」


 ほーと、関心するのであった。


「陽美々も綺麗だったよ」


 お世辞ではなく、あの陽美々も主役になれるメイクの凄さを感じるのであった。

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