第27話 皆でカラオケ

 朝、起きると黒猫のリーダーが鳴いている。朝ご飯が欲しいらしい。早速、黒猫のリーダーにエサを与えるとわたしもご飯しよう。


 おかずは味噌汁と目玉焼きである。わたしは目玉焼きにはしょうゆ派である。ちなみに、魚の揚げ物もしょうゆである。


 さて、さおりんは起きているのであろか?電話をかけるか?それともメッセージを送るか?たいした事でないが、長考をする。


……。


 おっと、寝落ちするところであった。ここは普通にメッセージで行こう。


『おはよう、元気してる?』


 我ながら簡単な文章だ。玄関にある鉢植えに水でもあげて返事を待とう。


「……」


 寝ているのか、返事が来ない。仕方がない、電話をかけよう。


『どうした?』


 さおりんの第一声は不機嫌なものであった。ここは普通にモーニングコールだと言おう。わたしが一呼吸おいてから話そうと思っていると、さおりんは続けて喋る。


『わたしは元気だぞ』


 メッセージを読んでいるし。このさおりんはどうしてくれよう。


『さおりん、お手!』

『ひゃん、お手は言わない約束でしょう』

『さおりんはイイニャーか?』

『ゴロゴロ……』


 よしよし、いつものさおりんに戻った。しかし、愛の無い会話だ。愛ってどんなモノだっけ?さおりんの甘い香りを思い出す。あのドキドキ感が恋でだった。そんな単純な愛のかたちを考えていると。さおりんに会いたくなる。休日の朝だ、そこはさおりんしだいである。


『さおりん、今日は会える?』

『問題は無いが会いたいのか?』


 何やら今日のさおりんは攻撃的だ、なにかあったのであろうか。


『マウティンクなる事を試したいのだ』


 アホか!わたし達の関係でマウティンクなど暴挙である。 ま、流行りモノに流れるさおりんらしいが。大体、関係からして、さおりんの方がマゾであるのに。


『また、お手を言われたくなければ忘れなさい』

『あいー』


 そこでだ、話しを戻すと今日は会えるかだ。問題は何処で会うかだ。図書館、カラオケ、河原、色々考えるが難しい。


 ここは王道のカラオケにするか。さおりんに提案すると快諾される。待ち合わせは神社横の郵便局と……。おっと、急がねば、さおりんは待ち合わせ時間の十分前に来る。ふと、横を見ると黒猫のリーダーはお散歩の時間らしい。スタスタと庭の奥に消えて行く。


 リーダーは自由だな。そんな事を考えながら支度をする。しかし、この義足の足は急いでいる時ぐらい治らないかな。


 改めて、左足を見るが厳しい現実である。今、必要なのは前に向かう勇気だ。この世界にさおりんがいるならと思いながら自宅を出るのであった。


 待ち合わせ時間の十分前に神社横の郵便局であった。いかん、五分前である。遅れてしまった。当たり前だがさおりんが待っている。


「ゴメン、遅れてしまった」

「にゃん?五分前で何故、謝るの?」


 改めて聞かれると困るがさおりんは必ず十分前に来ていたからだ。


 ここは誤魔化すか。


「郵便局前の時計が正確なのか不安でね……」

「そう?」


 不思議そうなさおりんであったが、更にカラオケに行こうと言って誤魔化すのであった。


 やはり、さおりんは必ず、十分前に来るという自覚がないらしい。まあいい、五分前に来ても、さおりんの機嫌は変わらない。さて、カラオケボックスの一軒屋に向かおう。


 カラオケボックス一軒屋に着くと陽美々とクドーさんが待っている。今更、理由は問わないがホントにストーカーである。


「やっと来た、ささ、皆さんカラオケで楽しもう」


 陽美々が仕切り始める。無駄にあるコミュニケーション能力である。そんな陽美々を置いといて、カラオケを始めよう。


「わたし、一番!」


 さおりんが叫ぶと定番のアニソンが流れ始める。行動力があるなと感心するが、悔しそうな陽美々はどうしてくれよう。二番目に歌いだす陽美々確認して採点モード起動と……。


♪~♪~


「なにか、残念な数字が出たぞ」


 純粋なさおりんの言葉は陽美々に突き刺さった様で、流石、陽美々だ、期待通りである。


 更に期待通りにギャルのクドーさんに泣きつく。そして、よしよし、となだめる、クドーさんであった。


 うむ、百合展開のシーンも見れたし、採点モードをオフと……。


 四番目になってしまったが、わたしもカラオケを楽しもう。入れた曲は歌姫であった。


「ぷ、ぷ、ぷ、今どき歌姫ですか」


 陽美々は口を押さえて鼻で笑う。この陽美々は本当にわたしに惚れているのであろうか?試しに頭をポンポンしてあげる。


「あ、ひ、ひ、ひ……」


 陽美々は奇声をあげて喜ぶのであった。この反応は惚れているな。さて、いまいち、陽美々の扱いに困る。クドーさんに取り扱い説明書はあるか聞いてみよう。


「クドーさん、これで間違っていない?」


 陽美々をポンポンしてあげながら質問する。


「あー陽美々は素直なので必要なのは忍耐力だ」


 友達に忍耐力などと言われたら、普通は傷つくだろうに。


「なー陽美々」

「何を同意してくるのだ?」


 陽美々は不思議そうにしている。


「だから、忍耐力だ」

「ぽ?クドーさんはわたしを受け入れてくれた。忍耐力など当たり前だ」


 威張るな、威張るな。クドーさんとの友情は分った。歌姫の曲を入れたくらいで鼻で笑うからだ。もう一曲、歌姫の曲を入れてみた。


「ぽ、ぽ、ぽ……『それもまた人生、あぁ川の流れの様に……♪』」


 美空〇ばりか……。昭和の歌姫だな。


「せっかくのカラオケだ、陽美々も歌姫の曲を入れるといい」

「ぽ!」


 了解したらしい。さおりんはアニソン多め、クドーさんはKポップも歌えるマルチ、陽美々は最近の曲らしいがよく分からん。


 カラオケの後でご飯を食べようとの事になり。皆でコンビニに向かう。適当に買ったおにぎりをカウンターで食べる。


「えへへへ、楽しいな」


 さおりんは陽美々やクドーさんがいても楽しいらしい。わたしも皆で食べるご飯は美味しいと感じる。よく考えると、さおりん、クドーさん、陽美々と周りは女子だけである。


 ふーう、幸せな訳だ。


「なに泣いているの?」

「泣いている?」


 さおりんの問いに、気がつくと泣いていた。わたしは感情のコントロールが出来なくなり大粒の涙を流していた。もう、うろたえるしかなかった。そして、失った時間を走馬灯の様に思い出す。ただ、さおりん達とご飯を食べていただけなのに。陽美々もクドーさんもこちらを見ている。そんな状況でも涙は止まらなかった。不意にさおりんがわたしを抱きしてくる。


「さおりん、温かいな……」

「えへへ、少しだけだよ」


 その言葉が聞こえる頃には涙は止まっていた。


「ぽ……」


 陽美々が何か言いたそうである。


「陽美々、ここは負けだ、大人しくしておこう」


 クドーさんが陽美々を静かに止める。陽美々も泣きそうで、そんな陽美々をクドーさんが抱き締める。


「ゴメン、クドーさん」


 わたしの謝意にクドーさんは「わたしも好きな人が欲しいな」と言って誤魔化す。そう、クドーさんは誤魔化している。自分でも感じるほのかな想いをだ。どうやら、クドーさんに一番辛い思いをさせてしまったらしい。


「どう?落ち着いた?」

「あぁ……」


 さおりんが優しく質問してくると、わたしは頷いて答える。


 その夜、コンビニでさおりんと陽美々、クドーさんの前で泣いたことを回想していた、。何故、あそこまで感情的になった理由を考えていた。


 三人の愛情が感じられて、ダムが決壊した気分であった。左足を失っても何処で強勝っていた。単にT大を諦めただけではない。生きる目標を失ったのだ。そんな生活にさおりんが現れたのだ。勿論、さおりんだけではない、陽美々とクドーさんも入る。


 三人が本当の意味で傷つかない選択をしなければならない。でも、怖いのであった。さおりんを失う恐怖が満ちている。泣いたのは何気ないコンビニだから起きた現象であろう。


ふ〜う。


 本当ならここで限界を感じるはずだ。でも、わたしは前向きな気分であった。そんな事を考えていると、さおりんからメッセージが届く。


『わたしでも役にたてたかな?』


 そう、さおりんには感謝、感謝であるそんなわたしに対してさおりんはホント鈍感である。その単純な性格は愛されるものであった。


『さおりんは自信を持って良いよ』


 そんなメッセージを返す。


『えへへ、嬉しいよ』


 更に戻ってくるメッセージを読むとまた泣けてくる。でも、ここは我慢だ。生きる意味をくれたさおりんには、もう、二度と見せないと思った。秋が深まり、夜になると寒さを感じる様になった。


 わたしは今日の回想を止めて、勉強に戻る。携帯を隣に置くと一枚だけ持っているさおりんの横顔を表示する。あの野心の満ちたT大を目指していた頃の気持ちがふと入る。


 イヤ、違う、これはあの頃の野心ではない。満たされた想いであり、愛するの意味を教えてくれた、さおりんへの静かな愛の形であった。

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