第24話 校内での日々

 ショーホームルーム前の事である。最近、さおりんの様子が変わってきた。飼猫の様に甘えてくるのだ。


「ゴロゴロ……頬をツンツンして」


 さおりんは顔を近づけてくる。教室でアホな事できるか。ここでキスを求めてこないのが救いである。すっかりクラスの中ではバカップル枠である。


「ツンツンがダメなら、頭ポンポンして」


 まだ、言うか、この甘えん坊将軍が。


「ポンポンしてあげるから、自分の席に戻るのだぞ」


 仕方ないく。わたしはポンポンをしてあげる。


「えへへへ、甘えちゃった」


 この関係はいつまで続くのであろう。わたしがさおりんを求めるかぎり続きそうだ。


 うん?


 角田先生が入ってくる。教卓の前に立つと一瞬にして緊張感が張り詰める。やはり、さおりんは叱られた飼猫の様に震えて自分の席に戻る。


「最近、このクラスの風紀が乱れている、例えこの高校の偏差値が低いからと言って勉強をしないのは問題だ。イヤ、訂正する、勉強ができれば何をしてもいい訳ではない」


 角田先生のカク、カク、した説教が始まる。しかし、風紀の乱れとはわたし達のことだろう。角田先生の視線がさおりんに向かっているらしく、ぶるぶるとさおりんが脅えているのが証拠だ。


 ショートホームルームが終わるとさおりんが再び近づいてくる。しょうがないな、角田先生に自粛するように言われたばかりだのに。


「角田先生、怖かったね」


 ま、カクカクの角田先生だ、気にしていたら切りがない。わたしがさおりんをナデナデすると、飼猫が甘えるようにさおりんは目を細める。


「えへへ、角田先生に壁ドンされたら、気絶しちゃうよ」


 何を妄想しているのだ、あの堅物が壁ドンなどありえないのであった。おっと、1限の授業が始まる、さおりんを席に帰すと教科書を広げ、気持ちを集中して授業を受ける。


 お昼休みに入る頃には疲労が目立つ。昨晩、勉強し過ぎたか……。自販機に向かい缶コーヒーを飲む。


「ぽ、幸運なり、好意の対象発見」


 偶然なのか、陽美々が現れる。顔を赤くしているので、わたしが好きなのは本当らしいが。


 しかし、毎回、扱いに困るな。


 今は親友のキャルのクドーさんは居ないのか……。どうやら、ホントに偶然らしい。ま、校内で会っても不思議ではない。幸い、さおりんにとっても陽美々は特別らしく、嫉妬される事はない。そう、二人はどこかで波長が合うので、敵対しないのであった。


「陽美々、コーヒーを一緒に飲むか?」

「謝謝、わたしは嬉しい」


 あー平和だな、ストーカーの陽美々も害がないから静かな日常が続くのであった。


 む?昼休みが終わる時間である。


「コーヒーも飲んだし、わたしは教室に行くぞ」

「了解、わたしも戻る」


 そんな会話を陽美々として、お互いの教室に戻る。今更であるが階段を登るのは義足ではつらい。


 わたしはポリポリと頭を掻く。慣れた頃に一番喪失感がやってくるのかもしれない。わたしは生きる意味を自分に問うてみた。


……。


 改めて考えると難しい。大学に行って、それから、教師になって……それだけだ。

T大に行けば世界中を相手にする学者になれたはずだ。しかし、自分が何処に行き何をするかなんて、きっと、思春期や青春などの悩みであろう。たまたま、わたしは義足であっただけだ。


「おじいちゃん、こんな所で油を売ってたの」


 そんな事を考えていると、さおりんが階段の上の方からやってくる。


「だから、その『おじいちゃん』てのを止めろ」

「は~い」


 砕けた返事だな。これは絶対また言うな。さて、次の授業は化学だ、得意科目に遅れる訳にはいかない。階段で難儀だと思うのも、これぐらいにして、頑張って登るか。教室にたどり着くと既に先生が来て、黒板に化学式を書いている。


「教卓の上にプリントを置くから一枚ずつ取りにくるように」


 いかん、ギリギリだった、さおりんが階段まで来てくれなかったら遅れていた。そう、さおりんの『おじいちゃん』発言で頑張れたのだ。


 ある意味感謝をせねば。


 その後、普通に授業を受けるとさおりんが頭を抱えている。理解できなかったか。これは放課後、空き教室で復習である。さおりんに化学の復習を提案すると渋々と空き教室に向かう。


「それで『エントロピー』ってなに?」

「『乱雑さ』だ、例えると水槽にインクを落とすと自然と溶解度が増える、この現象をエントロピーが増すと言うのだ」

「????」


 解らないか……。


 わたしも難しく感じた。たぶん、難しいのでテストには出ないな。その後もさおりんの質問が続き教える方にはやりがいのある時間となった。

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