第23話 始めてのファミレス

 高校から帰り道にファミレスがオープンしたのこと。と、言ってもバスを途中で降りてそこから歩く。少し、興味があったので、さおりんを誘って行く事にした。


「さ、さおりん、ファミレスができたので一緒に行かないか?」


 黄昏の日差しが差し込む放課後の教室でさおりんに話しかける。


「うーん……」


 さおりんは渋い顔をして首を傾げる。そうか、さおりんは初夏にこの田舎町に転校してきたのだ。つまりはファミレスが珍しくないのか。


「田舎者の戯言だ、忘れてくれ」


 寂しいがこれが現実だ。さて、帰るか……。


「ねえ、本当にファミレスに行きたいの?」


 さおりんは興味が湧いたのか、わたしに問いかけてくる。静かに頷くとさおりんが喜ぶのであった。


「仕方ないないな、わたしが初めてだしね」


 おいおい、ここは教室だ、誤解される表現は止めてくれ。しかし、さおりんは上機嫌であった。


 わたしの選択は正しかったのであろうか?目先のファミレスへの興味でさおりんを誘ってみたが。酷い劣等感に襲われた。


 田舎者か……。


 最近はスローライフな生活だし問題なかろう。それは劣等感を捨てて完全に開き直りであった。


 それから。さおりんとファミレスのある最寄りのバス停で降りる。携帯の地図でみるとかなり歩くことになりそうだ。やはり、この義足はやはり歯痒いと感じる。


「おじいちゃん、ゆっくり歩きましょうね」


 さおりん、その代名詞は止めてくれ。わたしの人生はスローライフと開き直っていたので反論しにくいがまだ高校生である。


「えへへへ、言いすぎたかな」

「当たり前だ。おじいちゃんは言いすぎだ」


 子供の様にあどけないさおりんに悪意はなく笑顔でいる。そんなさおりんを見て、心のままに行動をする事にした。上を向き、わたしは目を瞑る。


「???……どうしたの?」


 さおりんは驚いた声を上げる。わたしは視界を遮断した状態から聞こえる声の音色は純粋であった。


「わたしは『おじいちゃん』と呼ばれてさおりんとの未来を考えたのだよ」

「歳を重ねてもわたしといたいってこと?」

「ま、そんなところだ」


 わたしは目を開くと目の前にさおりんがいる。その可憐さに改めて永遠を求める。黄昏が終わり辺りは暗闇に包まれていた。


 すると、突然、闇の中ら声が聞こえる。


『一瞬で終わるよ』


 まだ、わたしを苦しめるのか?聞こえる声に体中に油のかかった様な気分になる。

わたしはその異常な体調をさおりんに気づかれないように冷静を装る。とにかく、ファミレスに向かおう。わたしはゆっくりと歩き出す。くっ、嫌な汗が流れだすな。


『貴方の世界に必要ないよ』


 もう少しだ、わたしはこの動きにくい義足に恨みが倍増する。ファミレスの入口にようやくたどり着く。その頃には全身の倦怠感に襲われていた。


 二人で受付に行くと窓際に案内される。今のわたしに必要なのはコップ一杯の水であった。さおりんに聞くとセルフサービスらしい。そこで、自分で水を用意する。そのコップ一杯の水を飲み干すと落ち着いた気分になる。


 これで何とかなる……。


 わたしは気分を立て直してご飯を食べる事にした。


「さおりん、ファミレスのルールを教えてくれないか?」


 田舎者を丸出しだが、素直に聞く事にした。そう、知ったかではご飯が食べられないのであった。


「メニューを見て決まったら、このボタンを押すのだよ」


 テーブルの隅にボタンが置いてある。一昔前のテレビ番組の爆破ボタンを想像させる物であった。それから、メニューを一通り見て色々考えていると。


「わたしはハンバーグセットだよ」

さおりんは決まったらしい。よし、わたしはカルボナーラのセットを頼もう。

「ボタンを押してみる?」

「さ、さおりん……」


 さおりんは難題を提案するなと困り果てるが、ここは男だ。と、わたしが押す事を了承する。緊張しながらボタンを押すと……。


 ピンポン。と、音が鳴る。


 すると、店員さんが来て注文を取る。


「ハンバーグセットのライスとスープにカルボナーラのサラダセットですね」


 ふう~注文ができた。後は待つばかりだ。


「ねえ、ドリンクバーに行こうよ」


 わたしがまったりとしていると。さおりんが声をかけてくる。流石、ファミレスだ、自分で選べ、しかも、飲み放題らしい。早速、ドリンクバーの前に行き、飲み物を選ぶ。


 普通の炭酸飲料でいいか。さおりんは紅茶を入れている。客席に戻ると今度こそまったりする。しかし、さおりんがソワソワと落ち着きがない。


「どうした、さおりん?」

「課題が出ていたから勉強しなきゃ」


 確か世界史の課題が出ていた。小テストに向けての暗記だ。ルネサンスに起きた出来事を覚えるモノだ。仕方がない、ここで勉強会だ。世界史のプリントを取り出すと。


『イタリア都市とその市民の生活……』

『個の自由が発揮され』


 何やら難しい。共通テストで世界史を取るつもりなのでしっかり勉強せなば。

そう、わたしの進路は教師の道を選びそれなりの大学に行く事にしたのだ。それから、勉強会は続きせっかくの初ファミレスが微妙な気分だ。


 カルボナーラを片手にプリントの整理をする。ガリレオもルネサンス後に入るのか……。さおりんは頭を抱えながらノートとプリントに目を通している。ハンバーグは冷めてしまいそうだ。


「さおりん、食べてからゆっくり勉強しよう」

「は、は、は……ハンバーグの方が大事だもんね」


 あきらに動揺している。この状態のさおりんに教えるのは一苦労である。さおりんは基本的に不器用なので特定の事しか覚えないのである。


 簡単に言うと重箱の隅を覚えるのである。結果、テストの成績が悪く勉強が嫌いになる。この悪循環でさおりんは生きてきたのだ。


 先ずは大まかな事を覚えて成績の引き上げから始めよう。さおりんがハンバーグとライスを食べ終わるといち早くかたづけてもらい勉強を始める。


 おっと、わたしも勉強せねば。ちなみにさおりんに聞くとファミレスでの勉強は珍しくないらしい。確かにパソコンを持ち込んでカタカタしている人がいる。


 さて、トイレにでも行って本格的に勉強するか。しかし、これが失策であった。

さおりんを一人にしたので不安になったらしく。ピザを頼んでいた。お前は子供かと思うのであった。


「ピザを食べてから勉強するね」


 ゆっくりとハムスターの様にカリカリと食べる。要は勉強をしたくないのであった。


 仕方がない、ファミレスを出よう。今日はこのまま、帰って、さおりんの小テストは半分諦めよう。この作業を仕事にするのだ。教師って大変だなと思うのであった。


 ファミレスからのバス停までの帰り道で、さおりんと星空を眺める。満たされた想いとはこの時間であろう。天体観測をした夜から、なにも変わりはない。


「さおりん、流れ星を一緒に探さないか?」


 さおりんは無言で頷く、それは永遠を願う為である。そう、この雰囲気は恋人である事を表す。


 しかし、不安なる事がある。時々聞こえる声は挫折した日々が頭の中に具現化したモノであろう。 


「ねえ、キスして」


 流れ星より現実のキスを願うさおりんであった。わたしは恥しくなり、色々と誤魔化す。本音を言えばキスを拒む理由はない。


 でも、この星空はキスより永遠が欲しかった。それから、バス停に着くと寂しそうなさおりんであった。 


「キスは無し?」

「あぁ、キスはいつでも出来る、この星空は今しかない」


 そう、流れ星が見つからなかったので、正確にはわたしの方がずっと寂しく思えた。バスの中で隣に座るさおりんと手をつなぎ、わたしはキスを拒む代償に寄りかかるさおりんを受け入れる。地元のバス停に着くとそれぞれの自宅に帰る場面だ。


「抱き締めたい、失わないように、抱き締めたい」


 わたしが叫ぶとさおりんは「えへへ」と笑う。それから、さおりんの吐息を感じるほど強く抱き締めると、さおりんは去っていく。


 自宅に着くと先ずは勉強である。わたしの通う高校には大学進学のカリキュラムは無い。この田舎町から進学塾に通うのは難しい。結果、一人で勉強である。


 勉強の合間に先程のことを考える、わたしがキスを拒んだ理由を探すのである。やはり、流れ星に永遠を願いたかったのかと長考する。

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