第18話 夏から秋へ
わたしは高校からバス停までの道にある土手に咲く彼岸花を携帯で写真を撮っていた。
最近、気紛れが多い。花の写真を撮るなど昔はしなかった。すると、さおりんが後ろから声をかけてくる。
「寂しいな、夏が終わってしまった」
「さおりんは秋は嫌いなの?」
「暑さに耐えて、イベントに行くのが楽しみだよ。また、焼きとうもろこしが食べたいな」
夏祭りか……さおりんの浴衣姿は綺麗であった。わたしが夏祭りの事を思い出していると。さおりんは板チョコレートを取り出す。
「バレンタインチョコレートだよ」
おいおい、本命が板チョコレートなのか?あれ?正確には秋でバレンタインは無いだろうがだ。しかし、成り行きでチョコレートを貰うが、さおりんの真意は不明である。
「えへへへ、お菓子作りは得意なのだよ」
証拠だと言って携帯に映る写真を取り出す。それは美味しそうなパンケーキであった。自慢げな、さおりんはどうやら本当にお菓子作りは得意らしい。
「では、何故、板チョコレート?」
「それはね、物欲しそうにしていたからだよ。しかし、生憎、手作りチョコレートは持っていなくてね。」
物欲しそう?確かに、この虚栄心の塊は生まれた時からだ。実際、T大を子供の頃から夢見ていた。
今、思えば一番だったからなのか……イヤ、誰よりも賢い学者になる為だ。そんなことを思いながら、わたしはさおりんから貰った板チョコレートを口にする。
甘いな……さおりんからのプレゼントだと思うと美味しさは倍増する。わたしは板チョコレートを半分に割り。さおりんに手渡す。
「美味しい物は二人で食べた方が良いに決まっている」
さおりんに半分返すのに迷いは無かった。わたしの虚栄心は小さくなり。『分け合う』という言葉に共感し始めていた。そして、板チョコレートを食べ始めるさおりんは幸せそうだ。
「それ、ストレートティーだ、甘いチョコレートによく合う」
わたしはペットボトルを取り出してさおりんに手渡す。
「ありがとう、君にチョコレートをあけたかいがあった」
さおりんはえへへへと言ってストレートティーを飲む。これは……わたしが必要とされている。ただ、物のやり取りではない。心が通じ合っているのだ。
「発見であります」
校舎の方から声が聞こえる。それは陽美々がとクドーさんであった。来たか、愛に飢えし人々よ。
「さおりん、逃げるか?」
「うん!」
しまった、わたしは義足だ。陽美々とクドーさんに追いつかれてしまう。
「ハゼ、ハゼ、何故、逃げる?」
陽美々は息を切らせてわたし達に問う。しかし、義足のわたしに追いつくのに息を切らせるとは。そこまで運動不足なのか?
「板チョコレートを食べていたところだ、生憎、君達の分が無くてね」
わたしは鼻をカキカキしながら話す。完全に嘘をつく時の癖が出ている。
「それで逃げたのか……」
ま、信じるなら問題ないな。
「ポッキーならあるよ。これなら皆で食べられる」
さおりんがバックの中からポッキーを取り出す。彼岸花の咲く土手にて皆でポッキーを食べる平和な日常であった。
一年で一番に憂鬱な季節がきた。そう、体育祭の季節である。義足のわたしにとってみればひたすら見学の地獄である。
しかし、今年は違う。体育祭実行委員会に入ってしまい、総合司会をするはめになった。帰宅部のわたしには関係無い世界の話だと思っていたら、生徒会直々の嘆願であった。
それで、何をするかと言うと。台本を読むだけでいいらしい。なんとなく、安請け合いをしてしまい。本格的な司会の為に演劇部に仮入部して発声の訓練を受けることになる。この学校の演劇部は本格的で国語の先生が台本を書き。文化祭の時のメイン演目になるくらいだ。
「あ、い、お、あ、お……」
今日も放課後にて演劇部の部室で発声訓練である。しかも、さおりんの勉強の面倒をみるのも続いている。空き教室でおやつを食べながら勉強を教える。
「漢文を教えて」
「落ち着け、さおりん、漢文は三年生の教科だし。数学科を目指しているわたしは理系選択科目を取っている」
「解らないんだ」
オドオドとしているわたしにさおりんは勝ち誇っている。
「X,Y,Z軸に0以上の面と曲線で囲まれた体積を求めよ」
これならどうだ。
……。
黙り込むさおりんは勝ち誇ったオーラが消えて、頭をポリポリとかいている。勝った……などと、無駄な労力を使うものではないな。大体、参考文献なしで三次元の積分の自作問題などこの程度だ。
「あ、赤トンボだよ」
さおりんは教室の外に舞う赤トンボを見つける。この空き教室は一階にあって、窓を開ければ中庭に面している。だから、直ぐ側に赤トンボを見る事ができた。
ま、自作問題からの現実逃避には丁度いいな。わたしも窓から赤トンボを見て、昨日の雨の影響で赤トンボが舞っているのかと思う。
「よーし、ここは……」
さおりんは携帯を取り出して赤トンボを写真に遺そうと奮起する。
「あ、ぁ、ダメだ、携帯の性能が悪いのかな?」
「舞うトンボを撮るのは、普通は無理だろな」
「えー残念」
その時であった、窓を開けた教室に一匹の赤トンボが迷い込む。
「ああああああああ」
絶叫するさおりんである。その気持ちも分からないではないが。わたしは冷静に外に出そうとすると。
「チャンスだ、でも、出さなきゃ」
さおりんはもっと近くで赤トンボを見たいらしい。日射しは傾き、空き教室の中の赤トンボは静かに舞っていた。
「よし、出たぞ」
迷子の赤トンボが教室から出るとさおりんは安心した様子であった。しかし、秋だな。この世界はわたしの都合に関係なく動いている。
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