第12話 恋のライバルは百万ボルト 前編

 わたしは、また、あの夜の事を夢で思い出していた。交通事故で左足を失った夜のことである。


 ……。


 無限に続く長い夜を慰めてもらう為に、母親に頼み携帯を病室に持ち込むことにした。音楽プレーヤーアプリ起動して適当に音楽を流す。


♪♪♪


 カーペンターズが流れ始めた。これはラジオで流れていた曲を衝動買いしたものだ。包帯がぐるぐるに巻かれた左足はもうダメらしい。カーペンターズの曲が終わる頃にはわたしの心は絶望が支配していた。そう、これはわたしの義足の生活とT大を諦める日々の始まりの夜の事である。


……。


 こんな時間か……。


 わたしは熱帯夜の夜中に目が覚めて、水分補給の為に冷蔵庫に向かう。ふと、気がつくと、冷蔵庫の扉に殴った跡がある。絶望の日々の痕跡であった。行き場の無い怒りと絶望が冷蔵庫を殴るとの衝動を起こしたのだ。


 そう、わたしは孤独であった。さおりんが現れたから、教師になる新たなる目標ができた。しかし、わたしはさおりんを失う恐怖は消えないでいた。


 いつもと同じ朝となり、日常が始まる。黒猫のリーダーにエサをあけて、食事の為に椅子に座る。しかし、今日は食欲が薄い。今、食べないと後がつらい、ここは無理にでも食事を押し込もう。それから、制服を来て高校に向かう。


 うぅ、胸焼けがする。食べ過ぎ感が止まらない。


 しかも夏だと言うのに寒気がする。今日は嫌な予感が止まらない。昇降口までたどり着くと、入口で黒ぶち眼鏡が印象的な女子が立っている。その容姿は文学少女の様な美人である。


「あ、ぁ、ぁ……」


 わたしの顔を見て、もじもじと何か言いたげな様子である。


「好きです。付き合って下さい」


 告白だと!


 やはり、今日は厄日だ。わたしにはさおりんと言う大切な人がいる。


 断わるのか?断わるのか?断わるのか?とにかく、ここでは目立つ。答えを保留にしてと。


「少し考えさせてくれないか?」

「……」


 わたしの言葉に文学少女は下を向いて黙り込む。答えとして間違っていたか?


「おい!親友が勇気を出して告白したのだ、ちゃんとした、答えを言えよ」


 文学少女の後ろからギャルが現れる。そうか親友なのか、親友ならば告白に付き合っても仕方がないな。しかし、見た目はギャルだな。


「わたしの名前は工藤 涼子、クドーさんと呼んでね。で、告白した親友は鳥羽 陽美々だ」


 ギャルの女子が自己紹介をしてきた。しかし、何故、自分の愛称を言うのた?


 ここは深く考えたら負けだ。


「そのクドーさんは、今、登校時間だと分かるか?」

「確かにこの時間は不味い、放課後にもう一度聞く、覚えておけよ」


 完全にクドーさんペースだ。さおりんに見つからないうちに解決せねば……。


 昇降口で告白された後、教室にたどり着くと、。自分の席に向かう。遠くの席から、さおりんが寄ってくる。毎朝の事のはずなのに今日は苦痛に感じる。


「お・は・よ・う」

「はい……」

「どうしたの?目が泳いでいるよ」


 流石、さおりん、観察力が鋭い。さて、どうしたものか……。


「こいつ、昇降口で隣のクラスの女子に告白されたんだよ」


 男子生徒Aが説明を始める。モブキャラのくせに告白シーンを見ていたのか。しかも、さおりんに説明するとは……。


 うぅぅぅ、さおりんがジト目でわたしを見ている。


「確かに、告白された。が、わたしには好きな人がいる」

「その好きな人とは付き合っているの?」


 自身暗記のさおりんは心配そうであった。好きな人がさおりんと言えたら問題ないが……。


 しかし、絶体絶命だ。


「その好きな人とは心が繋がっている。さおりんは安心していいよ」

「……」


 さおりんは言葉少なげに自分の席に戻る。やはり、女子から告白問題は早く解決せねば。それから、昼休みにギャルのクドーさんが隣のクラスからやってくる。


「少し、調べさせてもらった。仲の良い女子がいるらしいが本当か?」


 さおりんのことかな、普通に空き教室とかで勉強を教えているからな。しかし、このギャルのクドーさんは行動的である。うん?視線を感じる、教室の入口から陽美々が覗き込んでいる。このままでは、さおりんを不安にするだけだ。はっきりと断ろう。


「ま、とにかく、放課後に返事を聞く。それまでに気持ちの整理をしておけ」


 ギャルのクドーさんは陽美々を連れて去っていく。うーん、あの陽美々は暗い感じの女子だが綺麗で文学少女の様に凛としている。わたしはさおりんの側に向かい声をかける。


「ゴメン、さおりんは悪くない。放課後、告白を断るよ」


泣き出しそうなさおりんは本当にわたしの事が好きなのだなと感じる。


 そして、放課後、わたしは体育館裏にいた。そこにはギャルのクドーさんは居らず。陽美々だけがいるのであった。


「告白してくれて、ありがとう。でも、わたしには好きな人がいる。誰よりも大切な人だ」


 わたしははっきりと告白を断り、さおりんを選んだのである。その言葉を聞いて陽美々は下を向く。泣き出すのかと思いきや、笑顔であった。これは所謂、ふっ切れたとの事らしい。想いを伝えられずに悩んでいるよりも、告白して撃沈した方がスッキリする現象だ。


「あー、告白してもダメだった。でも、わたしは諦めません。わたしはわたしらしく生きたいのです。だから、敗北の二文字はないのです」

「それで良いのか?」


 わたしが陽美々を心配して言うが、黒縁メガネの文学少女は誰よりも輝いていた。


 恋する乙女は可憐である。


 すると、ギャルのクドーさんが現れて、陽美々の頭をポンポンとする。


「お前の想いが本当でも陽美々は負けない。わたしはそんな陽美々の親友だ」


 ギャルのクドーさんも陽美々の諦めない宣言を支持している。これは、この先の不安定要素である。気持ちが通じ合っているはずの、さおりんに告白すればいいが。ただ、一緒にいて楽しいとの事で曖昧にしてきたからだ。


 ギャルのクドーさんと陽美々は気持ち良さそうに去っていく。おっと、わたしもさおりんの事を大切にせねば。学内でさおりんを探すと部室棟の隣にある自販機の前に座っていた。


「さおりん、ちゃんと断ってきたよ」

「ホント?」

「あぁ、これからもさおりんの隣にいて良いか?」

「えへへへ、仕方がないな」


 わたしはさおりんに近づくと艶やかな黒髪からいい匂いを感じる。


「コンビニのカウンターでアイスコーヒーでも飲むか?」

「うん」


 とりあえず、告白騒動は終わったようだ。しかし、陽美々は諦めていない。


 波乱要素はあるが、この義足での生活にメリハリが出てきたと感じるのであった。

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