第9話 天体観測 後編
『蛍の光』が終わると天体観測も本当に終わってしまうと感じる。結局、さおりんからのキスは無かったことにしてくださいと頼み、この曖昧な関係を続けることした。
しかし、それは正確には違うのであった。さおりんとの距離は確実に近くなり。わたしの心はそれを受け入れていた。神社へ向かう小道を降りて行くと寂しさが増していく。神社横の郵便局までたどり着くと。
「さらばだ、どちらが先に家に着くか競走だよ」
さおりんは両手を平行に上げて、走り去って行く。だから、こっちは義足だから。
しかし『さよなら』は言わないのか……。
それは天体観測が特別でなく、さおりんが日常で居る証拠であった。そして、自宅に戻ると汗ばんだ顔を洗う。
ふぅ~
スッキリした。今日も熱帯夜である。
「健治、おかえり、今日も友達と一緒だったのかい?」
母親が声をかけてくる。友達か……。
一瞬の間があくが,わたしは適当に返事を返す。さおりんは友達なのか?
いかん、よからぬ妄想をしてしまった。ここは更なるクールダウンをしよう。わたしはシャワーを浴びることにした。
その後のことであった。
うん……?
見慣れない携帯がある。見直すとさおりんのものである。
『入れ替わってる!!!』
わたしの携帯とさおりんの携帯が入れ替わっていたのである。
何処からだ???
さおりんの携帯を見たのは『蛍の光』を止めた瞬間で、携帯が入れ替わる訳もなく。待てよ、神社の境内でさおりんが転んだな。それは携帯のライト機能を懐中電灯代わりにしていたから、さおりんが転んだ時に入れ替わったのか。
どうする?どうする?どうする?
とにかく、わたしは自分の番号に電話をかける。
『あ!わたしから電話だ!!!』
さおりんの声である。しかし、誤解をまねく表現である。さて、わたしはこんな単純なミスに驚いていた。答えは簡単、明日また会えばいいだけだ。
さおりんと図書館で会う約束をして電話を切る。
問題は今晩の事である。
先ほどは、ロック解除前の緊急電話の機能で自分の携帯に電話をした。指紋認証に顔認証であれ、又は暗証番号を使っている携帯が当たり前の時代である。そこはわたしもさおりんも同じだ。お互いにプライバシーは守られているが、突然の電話は対応できない。
うむ、いつまでもさおりんの携帯を見ていても仕方がない。わたしは携帯を机の上に置き、ベッドに横になる。
……。
携帯が気になり、眠れない。ここは勉強でもするか?イヤ、余計に頭がさえてしまう事はやめよう。
いつもなら、ここで携帯を見て落ち着くのだが、今は生憎さおりんの所にある。自分の携帯が心配かと聞かれたら、その点は大丈夫である。夜中に突然電話をくれる知り合いなどいないからだ。
そんなこと考えながら時間が過ぎていく。それでも、いつの間にか寝てしまい。
翌朝をむかえる。しかし、眠りは浅く、どんよりな気分であった。さて、さおりんとの約束時間まで、勉強をすることにした。
うん?
黒猫のリーダーが部屋の中に入ってくる。
アタタタタ……。
ご飯がまだであった。ゴメン、リーダー。忘れかけていたリーダーへのご飯をあけると。図書館に行く時間となる。おっと、さおりんの携帯を持っていかなければ。
そして、図書館に着くと。いつもの場所に座り。さおりんを探す。
「あ、いた、いた」
さおりんの声が後ろから聞こえる。良かったさおりんと再会できた。
「さおりん、ゴメン、わたしの不注意だ」
さおりんに会った第一声は謝罪であった。そう、ここは素直に謝る事にした。女子の携帯と一晩過ごすのはかなりの苦痛であった。
しかし、謝るとは我ながら女子に腰が低いと感じる。
「あん?大した問題は無かったが、それより、わたしの携帯を使ってHちいな事はしなかったか?」
アホか!ロックのかかった携帯でどないせいと言うのだ。そこのところはハッキリせねば。さおりんに厳しく言うと。
「だって……自撮りした、わたしが可愛いから……」
イタイぞ、さおりん、自撮りした画像が可愛いなんて……。わたしの言葉にさおりんはしょげてしまった。
ここは気持ちを切り替えてさおりんの頭をナデナデする。
「えへへ、ホントに、優しいな」
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