第6話 夏の日々

 高校が休みに入り、わたし達は図書館で勉強をする事が多くなった。図書館の勉強スペースには暑さから逃れてきた人々が大勢いた。さおりんはそのカリカリと机に向かう人数の多さに戸惑い、この雰囲気が苦手らしい。


「やっは、東京だよ」


 さおりんは突然、東京がいいと言い出す。


「東京ならオシャレなカフェで優雅な時間過ごせるのだよ」


 東京か……T大は意外と上野に近いのは本当であろうか?今どきは携帯で地図情報が簡単に見れる。調べると1.2キロぐらいとか。


 ホント、東京は狭いと感じる、東京駅からなら丸ノ内線で御茶ノ水、本郷、確かに近い。


 あーー。やはり、T大に未練があるな。


 そうそう、話を戻すとさおりんは人は多いが静かな場所が苦手らしい。


 人が少なく静かな場所なら大丈夫なのか?


 試しに、天体観測に誘ってみた。


「望遠鏡があるの?」

「イヤ、無い、アプリで星座の解説をみながら天体観測だ」


 しかし、便利な時代だ。上野からT大が近いのが調べられたり、星空関係のアプリも充実している。


 しおりんの様子は頭を抱えて考え込んでいる。やはり、女子が夜に出かけるのは抵抗があるのか。


うん?


 しおりんは考え込んでいるのではなく寝ているぞ。起こすか迷ったが、しばらく寝かせてあげる事にした。わたしはこの時間を使ってさおりん向けの教材を整理する。


「ふがぁ~」


 ようやく起きたか。さおりんは大きなあくびをして、更に両手を上にあげて背伸びをする。


「それで、さおりんは天体観測に行きたいか?」

「わたしは夜には寝るの、だから天体観測は無理」


 夜中に電話をかけてくるし、今も眠そうにしてただろが。その辺の話しはあえて口にしなかったのは、自由なさおりんらしなと諦める。図書館から帰り道でさおりんは右手を上げて傾いた太陽に伸ばす。


「つかめそうだよ」


 さおりんの顔に夕日が当たり、その眼差しにくもりはなかった。わたしは何を生き急いでいたのであろう?T大の地図情報を調べたりして、諦めきれないのは素直に認めた方がいいなと思う。


「えへへへ、太陽を掴みそうな、わたしは可愛く見えた?」

「まあな」


 さおりんは速足になり少し離れて振り返ると。笑顔で「天体観測に行ってもいいよ」と言う。


 そんなさおりんを見て、わたしは消える事のない想いを胸にしまって、将来の事を考える。T大はT大だ。少し整理がついた。


 そして、わたしは教師の道に進む事を考察していた。


          ***


 夏休みの昼下りの事である。部屋にエアコンは無く、扇風機を回して暑さに耐えていた。


 わたしはキッチンの椅子に座り読書をしている。国語の課題で簡単な読書感想文を書く為だ。


 まったりと読書をしていると、飼猫のリーダーが寄ってくる。そう、リーダーは寂しがりやである。わたしがカリカリのエサを与えて、食べ終わるとリーダーは行ってしまう。


 あれ、今日は隣で寝る事はしないのか?少し、リーダーが何処に行ったか探してみると。いつもの場所で寝ていた。


 ホント、リーダーは気まぐれであるなと感じる。


 それから、読書感想文の下書きを書こうと自室に戻ると机に向かう。読書感想文は700文字程度でいい簡単なものだ。この時期に書店に行くと子供向けの読書感想文推薦図書が置いてある。いっその事、そのコーナーで買おうか迷うくらいだ。


 さて……。


 さおりんからヘルプのメッセージが届いている。読書感想文のお悩みだ。わたしはあらすじを少ない文字数でいいから書けとアドバイスする。しかし、ヘルプのメッセージは続くのであった。読む本のアドバイスが欲しいらしい。


 本との出会いは一期一会である。書店に行き目の合った本にしては?と返す。最近は本屋も潰れて街の店まで行くのは一苦労である。


 うん?


 玄関をノックする音が聞こえる。


 さおりんである。


 仕方なく玄関に行き、要件を聞くと、やはり、読書感想文の為に本を教えて欲しいとのこと。わたしの家に直接やってくるあたりの行動力はさおりんは凄い。わたしは関心しながら、本を渡す。その本は読みかけだが面白いのであった。そうそうと、せっかくだ、さおりんを家に上げて茶でも出そうかと思うと。


 「じゃ!」と言って帰っていく。


 それからしばらくして、本の感触を聞くメッセージを送ると。


『あ、寝てた』


 わたしの本の推薦ミスか?


『ネットで調べたら、ヒロインが天国に召されるお涙系だったよ』


 なるほど、あのヒロインは結局死ぬのか……。おい!ばらすな!まだ、読む途中の本だぞ。やはり推薦ミスだ。完読した本にするべきだった。


『それで、読書感想文は書けたのか?』

『だから、寝てた』


 肝心の感想文が書いていないとな。きっと、さおりんは誉めて伸びるタイプだ。将来の夢が教師になったならここは手探りでいいから、さおりんに読書感想文を書かせようと思うのであった。

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