第5話 さおりんと周辺事項

 必要なのは勇気である。毎日がさおりん、さおりんでは困る。つまりはさおりんに告白するかではなく。さおりんの誘いを断らない事である。ちなみにさおりんは紫陽花が好きらしい。


 こないだ高校の校舎横に流れる川沿いに紫陽花が咲いていた。さおりんは嬉しそうに写真を撮っていた。そんなさおりんに告白していたらと仮説をたてる。夏祭りでだいぶ距離が縮まっているので成功率は高いと思う。


 さて、改めて、さおりんに告白などしたらと、思うが、今の関係が壊れるのは見えていた。


 それは悲観的な予測であった。結論を言うと、さおりんに告白はあり得ないことである。しかし、そこで必要になるのが勇気である。


……。


「おい、そこ!何をブツブツ言っているのだ?」


 あぁ!


 ふと、我にかえると、今は空き教室でさおりんに勉強を教えている最中であった。さおりんの前で無限ループの難題を考えていた。内容は告白とその周辺事項である。


 わたしは頭をかきながら、教えていた内容を確認する。


 えーと、世界史であったな。


「このオスマン帝国は要チェックだぞ。ここから現在の中東情勢も見えてくるから」


 なにか適当な事を言った気がするが本題の世界史について話しを進める。それからは単調な勉強が続いた。気をつけないと、また、告白とその周辺事項の無限ループに落ちる。


……。


 しばらくして、わたしは腕時計を確認すると、それなりの時間である事に気づく。それをさおりんに言ってそろそろ帰ろかと提案する。今日もこの辺でさおりんとお別れかと気分が落ち込む。


「少し、まったりしたい」


 さおりんが甘えた口調で迫ってくる。仕方ない、町に一軒だけあるコンビニに向かう事にした。


 二人でアイスコーヒーを頼み、コンビニなのでセルフで淹れる、その後、二人でカウンターにて飲み始める。


「えへへへ、恋人同士みたい」

「ま、そうだな」


 あれ?さっきまで無限ループの難題を考えていたのにあっさりと言うな……。


 わたしは首を傾げて不思議な気持ちでいると。


「風邪がうつるからキスは無しだよ」


 ニヤニヤと照れているさおりんは、どう見ても健康そうであった。


「えへへへ、えへへへ、えへへへ……」


 更にニヤニヤと笑っている、さおりんの、この様子からして言ってみたかっただけだな。やはり、さおりんの行動を理論的に考えるのは間違っているらしい。


 そこでだ。


「さおりん、さっきのセリフは倦怠期のカップルが使う言葉なのでは?」


 告白と周辺事項の無間ループからは抜け出せたが。『風邪がうつるからキスは無しだよ』など、言われて気持ちのいいセリフではない。大体、さおりんとのキスなど遠方の世界の話でわたしには関係ないと思っていた。


「えへへへ……わたし達の関係でキスは無しは理解できるよね。つまりは友達以上恋人未満だよ」


 『友達以上恋人未満』も言ってみたかったセリフかもしれない。ま、逆に熱々カップルがふざけて使いそうなセリフではあるが……。


 まあ、いい、さおりんは昨日と変わりはない。普通に忘れよう。

『ずずず~い』


 そんな話をしていると、アイスコーヒーがなくなり、コンビニを出ることにした。

帰る道の方角からして今日はここでさおりんとはさよならだ。うん?さおりんがなにやらモジモジしている。


「ねえ、夏祭りの夜にやった、電話しながら帰るのをまたやりたいな」


 仕方がないな……本当はマイクとイヤホン着けて話すのが理想なのだが。しかも、この田舎町だから携帯で話していても誰もいないから大丈夫なのであるが本来は難しい事である。


 わたしは本心では嬉しいが見た目は渋々さおりんに電話をかけるのであった。


『はい!繋がった。では、さよならだよ』


 わたしとさおりんは反対方向に歩きだす。そして、わたしとさおりんは携帯を片手に話しているが人目が気になる。それは予想以上に話が盛り上がったからだ。やはり、さおりんは素直で可愛い。


 その日、夜の事である。わたしはお風呂上りに数学の参考書を手にしていた。T大は諦めても、それなりの大学に行く事を考え始めていた。

 

 さおりんの専属教師になって、教える事の難しさと何より楽しさに目覚めたからだ。そう、左足首を失い、挫折の日々からの脱却を目指していた。


 コーヒーを片手に参考書を読んでいると、黒猫のリーダーが寄ってくる。


 少し休むか……。


 リーダーと遊んでいると、心が和み元気が出てくる。ふ、これでは遊んでいるのか遊ばれているのか分からないな。しかし、黒猫のリーダーは誇り高き猫である。

ご主人様を遊ぶ様なことはしない。やはり、わたしが遊んであげているのだ。


『ゴロゴロ……』


 黒猫のリーダーは疲れたのか、わたしの足元で寝てしまう。


 ふう~


 しばらくして、勉強に戻るか。わたしは机に向かい参考書を再び開く。

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