第4話 ケース1 女子高校生失踪事件③

 ――カチコチ、カチコチ。

 時計の針が、二十二時を指し示す。

 警察に見つかれば補導される時間だが、私は身支度を整えている最中だ。

 可愛い服、と言いたいところだけど、目立ちたくないから黒のジャージ姿で我慢しよっかな。

 よし、探しに行こう。警察が頑張ってるかもしれないけど、冷夏のことを考えれば我慢なんてできないよ。

 扉に鍵をかけて、マンションを飛び出す。

「さむ」

 今夜は冷えるようだ。手袋やマフラーがあっても身体は震えてたまんない。

 と、愚痴っても仕方ない。とにかく、聞き込みに行こう。

 足に力を込め、走る。寒いし、時間節約できるしちょうど良い。

 住宅街から人の多い夕京街へ、景色を後ろに蹴飛ばすみたいに移動した。

 荒く暖かな息を吐く。街は、夜でも明るくて、まばゆいばかりだ。私からすれば、夕京街でも十分不夜城みたいと思うのだけど、冷夏から言わせれば、田舎が精いっぱい頑張った都会だという。

 ……なんじゃそりゃ。ひとしきり、思い出し笑い。気味悪そうにカップルが通り過ぎていく。

 もう、冷夏のせいで変な人扱いされちゃった。……やっぱり、冷夏に会いたいよ。

「あのすいません」

 道を歩く人に、片っ端から冷夏の写真を見せる。

「知らないよ」

「いや、誰?」

 遅い時間だけど、大通りにはそれなりに人がいる。おかげで次々と声をかけることができる。……でも、たくさんの人が首を振り、時間だけが過ぎていく。

 どうしてよう、やっぱりこんなやり方じゃダメか。でも、どうしたら? ……とりあえず、この人に聞いて分からなかったら、考えよう。

「あの、すいません」

 ちょっとチャラいが、真面目そうなスーツ姿の男性に声をかける。男の人は、私のスマホをジーと眺め、

「ああ、知ってるぜ」

 とはっきり口にした。

「本当ですか! どこで見ました?」

「あの路地のあたりだよ。近くだし、案内するよ」

 良かった。もしかしたら、なんか分かるかも。

 チラチラと私に振り返りながら、男の人は少し手狭な路地に入っていく。

「あの、どこまで?」

「もう少し……ここらかな」

 男の人が指差した先は、何の変哲もない場所だ。

 街灯が遠いから見えにくいな。それにしたって、どうしてこんなところに――

「わ!」

 痛い、腕が、う!

 ――背中にすっごい衝撃が。なに、え?

「どうしたんですか?」

「どうしたんですか、って? クハ」

 男の人が、私の両手を抑えつけたまま、顔を近づけてくる。う、香水っぽい匂いが。

「ダメじゃんか、男にほいほい付いてきちゃ」

 ――? あ、しまった。ようやく理解が追いつく。冷静さを欠いていたとはいえ、今は夜中だ。こんな時間に、男の後について行くなんてどうかしてた。

「放して」

「やだよ、にしても良い体してるね。胸もでかいし、可愛いし、俺好み。あ、抵抗しても良いよ、そのほうが興奮するし。

 でも、無駄だよね。この辺の店は今の時間閉まってるとこばっかりだし、交番も遠い。人通りが少ない路地だけど、叫ばれるのは困るから、ほら、キスで塞いであげるよ」

 い、や。顔が、唇が近づいてくる。私、誰ともしたことないのに。こんな、最低な奴が初めてなんて。

 ギュッと目を閉じた。生暖かくて臭い息が、顔にかかる。いや、どうして。

「営業妨害だ」

 ――渋い男の声が聞こえた。誰? この人の声じゃない。

「誰だてめえ」

「聞こえなかったか? 営業妨害だって言ったんだ」

 ――怖いけど、そっと目を開ける。

 暗くて全体がぼんやりとしか把握できないけど、どうやら背の高い男の人がいるみたい。

「うるせえよ」

 あ! 男が拳を振るう。けど、背の高い男の人は、ハエでも払うように受け流し、

「ふ!」

 膝蹴りを男の鳩尾に叩きこむ。

「げぼ!」

 男は、カエルみたいな声を上げて、地面に崩れ落ちる。……それっきり立ち上がる気配がない。

「フン、腐ったゴミが」

「あ、あの助けてくれてありがとうござい――」

 痛った! あ、頭殴られたんですけど!

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